ポケットメディカ健康相談
薬をめぐるトピックス
■薬とお金(1)--高額の薬
2015年9月,インターナショナルニューヨークタイムズ紙に「ある薬の値段が13.5ドルから750ドルに跳ね上がった」とセンセーショナルな見出しの記事が掲載されました。
チューリング・ファーマシューティカルズ社が権利を買い取った,60年以上前に開発された抗菌薬の一種「ダラプリム」を55倍に値上げする,としたものです。ダラプリム(一般名:ピリメサミン)は日本では未承認の薬ですが,医療上の必要性の高い「未承認薬・適応外薬検討会議」に現在「トキソプラズマ脳炎を含む重症トキソプラズマ症の治療および再発予防薬」として要望が出されているものです。
さすがのアメリカでもこのニュースは大反響を呼び,同社のCEOは「アメリカで最も嫌われる人物」と呼ばれるなどバッシングを受け,値下げの表明もしたようですが,実際にいくらになったのかの報道を筆者はまだ目にしていません。
現在の日本では,保険医療で使用する薬品の価格は公定価格で,製薬メーカーが勝手に値段をつけることはできませんので,ありえない話と捉えられる方も多いかとは思いますが,アメリカでは医薬品の価格は製薬メーカーが価格決定権をもっています。例えば,日本でも利尿薬としてよく処方されるラシックス錠40mgですが,その1錠の価格は,日本では2002年に19.5円,2016年に14円に対し,アメリカでは2005年に39セント,2016年に94セントです。
日本では2年ごとの薬価改定で徐々に値段が下がる傾向が強いのに対し,アメリカではさまざまなコスト要因を加味して製薬メーカーが価格改定を行っています。なかには競合相手の製造権を買い取り,合法的に独占販売会社となるケースもあり,最近では冒頭の55倍ほどではなくても数倍から10数倍に上昇しているものが少なくありません。
そんななか,ギリアド・サイエンシズ社からC型肝炎の治療薬,ソバルディ錠,ハーボニー配合錠が発売されました(日本ではともに2015年)。世界各国で発売され,価格は国により異なっていますが,日本ではソバルディが1錠61,799円,ハーボニーが1錠80,171円でした。とても高いと感じる方がほとんどでしょうが,肝炎が肝硬変・肝臓がんに進行するのをストップできるので,トータルで考えた場合,医療費としてはより少なくなると考えられています。
このソバルディの値段,実はこの値段でも英米独と比べると日本が一番安いのです。アメリカは1錠1,000ドル(約11.2万円),イギリスは416ポンド(約6.7万円),ドイツは714ユーロ(約9万円)です(2016年3月30日の為替レートで計算)。
しかも,日本の薬価制度では,予想よりも売れすぎた医薬品の薬価を引き下げる「市場拡大再算定」制度があります(この制度のため,前回の薬価改定で神経因性疼痛の治療薬リリカ錠75mgは167円から125円に引き下げられました)。2016年4月の薬価改定でソバルディもその対象となり,42,239円に下がりましたから,アメリカの3分の1の値段ということになります。
この新薬価が公表された同じ週に,政府はTPP(環太平洋パートナーシップ)協定および整備法案について閣議決定し,国会に提出しています。
そのTPP協定にはISDS(投資家と国との紛争解決)条項があります。今のところ,むやみに訴えられないような規定があるとのことなので,アメリカの企業であるギリアド社から,日本で逸したアメリカでの販売価格との差額を請求される心配は少ないようですが,将来的には心配の種を宿しているように思えます。
■薬とお金(2)--ノーベル賞と薬
2015年のノーベル医学・生理学賞が北里大学特別栄誉教授の大村 智(さとし)博士に授与されました。連日ニュースが流れ,見聞きされた方も多いと思いますが,博士の見出した放線菌から開発されたイベルメクチンは,当初,動物の寄生虫用医薬品として発売され,後にアフリカの風土病であるオンコセルカ症(河川盲目症)の治療・予防に効果があることが判明しました。この時点でオンコセルカ症は,全世界の失明原因の第2位で,治療薬が求められていましたが,患者の大半は発展途上国の貧しい人たちでした。
このとき,さまざまな経緯はあったのですが,開発メーカーのメルク社はヒトでの臨床試験を行い,1988年からアフリカなどオンコセルカ症が蔓延(まん えん)している国々にイベルメクチンを無償で提供するプロジェクトを始めました(この際,大村智博士はヒト用イベルメクチンに関する特許権を放棄しています)。
イベルメクチンは,オンコセルカ症の原因である回虫の一種,回旋糸状虫の成虫を死滅させることはできませんが,成虫が生み出すミクロフィラリアと呼ばれる幼虫(1匹の成虫は長ければ15年生き,1日に1,000のミクロフィラリアを生み出すといわれています)を劇的に減少させることができます。イベルメクチンを年に1〜2回使用することで病気の発生と進行を抑えることができるので,患者は失明の恐怖に怯えなくてもすむようになりました。
ちなみにイベルメクチンは,日本では商品名ストロメクトール,薬価は3mg1錠772.60円,腸管糞線虫症および疥癬(かい せん)の薬として販売されています。海外ではオンコセルカ症治療のための無償提供用はMECTIZAN,それ以外はSTROMECTOLの名称で使用されています。価格はアメリカでは4錠で25ドル(販売する薬局によりクーポン等の利用で10数ドル程度になることが多い),フランスでは4錠18.72ユーロとなっており,こちらは日本が一番高価です。なお,イギリス,ドイツでは未承認です。
■薬とお金(3)--「途上国の薬局」
インドの医薬品特許は,以前は昔の日本と同じく製法特許(医薬品の成分の化合物そのものに特許を認めず,異なる製造方法ならば同じ化合物を製造することができる)でした。つまり,新薬を開発した製薬メーカーが物質特許を有する国では独占販売できる期間であっても,インドではジェネリック医薬品が製造できたのです。
もちろん,インドで製造されたそのジェネリック医薬品は物質特許の国への輸出はできませんが,発展途上国の多くは医薬品の物質特許を認めていませんので,インドは「途上国の薬局」と呼ばれるようになりました。
2002年にインドでも物質特許が認められるようになりましたが,公衆衛生上の観点から,政府が的確な企業に特許医薬品を生産できるように強制実施権を与えることを認めています。
そのためか前述したソバルディについても,ギリアド社がインドの数社の製薬メーカーにライセンス生産を認め,1錠10ドル以下,地方によっては5ドル以下で発売されています。このことは,ある意味,国際間の所得の再分配になるとも言えますし,メルク社のようにイベルメクチンを無償で供与できるケースはごく少ないと考えるのが普通ですから,持続可能な社会貢献のモデルとみることもできます。
また,日本の場合,C型肝炎の治療は大半が公費負担で賄われます。患者さんは月に1〜2万円の負担でソバルディやハーボニーの治療が受けられますので,インドへ行って治療を受けようという選択はないかもしれませんが,1錠1,000ドルもするアメリカでは治療ツアーなどが企画されるのではないでしょうか。
■かかりつけ薬局、かかりつけ薬剤師
さて,2016年4月,2年おきの保険医療の公定価格を定める改定が行われました。そのなかで,「かかりつけ薬局」「かかりつけ薬剤師」という言葉が目につきます。かかりつけ薬局・かかりつけ薬剤師と改めて言われても,いったいどんなものでしょうか?
普通の感覚では,「かかりつけ薬局」と書けば,行きつけの薬局。「かかりつけ薬剤師」と書けば,普段から相談に乗ってくれる薬剤師。言葉のイメージとしてはこれで十分です。もう少し具体例をあげてみれば,処方薬はもちろん,OTC医薬品(一般用医薬品)やサプリメントについても気軽に相談できる,なじみの薬剤師がいる薬局といったところでしょうか。
しかし,このことをフィー(調剤報酬)に絡ませるといろいろ問題点が出てきます。フィーの対象を厳密に定義しなければならないからです。
かかりつけ薬剤師になるためには,次のような条件が決められています。
●薬剤師として3年以上の薬局での勤務経験
●現に勤務している薬局に6カ月以上在籍している
●同一の保険薬局に週32時間以上勤務している
●研修認定薬剤師である
●過去1年以内に医療に関する地域活動の取り組みに参画している
以上をクリアしている「かかりつけ薬剤師」が在籍する薬局において,患者さんがその薬剤師を自分の「かかりつけ薬剤師」であるという同意書を書いた場合に,次回の調剤より「かかりつけ薬剤師指導料」「かかりつけ薬剤師包括管理料」がフィーとして算定されます。ただし,その薬局に複数の薬剤師が在籍している場合,かかりつけ薬剤師以外の保険薬剤師が服薬指導などを行ってもこのフィーは発生しません。患者1人につき,かかりつけ薬剤師は1人のみとなります。
かかりつけ薬剤師が行うべき業務は,現に調剤した医薬品の服薬指導は当然ですが,患者さんが受診しているすべての医療機関を把握して,服用しているすべての処方薬(他の医療機関で投薬されたものも含む),OTC医薬品,健康食品などにも対応することが求められます。
そんな「かかりつけ薬剤師」がいる薬局が「かかりつけ薬局」なのですが,それでは「薬局」とはどう定義されているでしょう。
薬局の大きさは,その最低基準が「薬局等構造設備規則」という厚生労働省令の中に定められています。広さに関する部分を要約すると「面積はおおむね19.8平方メートル以上とし,中に6.6平方メートル以上の調剤室を有すること」とあります。
昔風に言えば,6坪の店舗の中に2坪の調剤室があれば薬局としての最低基準は満たしていることになります。元となる厚生省令が昭和36年に定められたもので,当時はそれだけあれば,薬局が扱うアイテムはほぼ取り揃えることができたということですが,今,厚生労働省が思い描くかかりつけ薬局像(健康サポート薬局)の要件を満たすには,いかにも小さいと言えます。
具体的には,個人情報に配慮した相談スペースの確保としてパーテーションなどで区切られた相談窓口の設置であったり,OTC医薬品,衛生材料,介護用品などを利用者自らが適切に選択できるような供給体制が求められるほか,開局時間であったり,電話などでの24時間対応,地域での医療・介護への連携などが必要とされています。
現在,5万7千軒以上ある薬局のうちどれだけがこの条件をクリアしているでしょう?
■お薬手帳は何のため?
今回(2016年)の健康保険の報酬改定で変わったことの一つに,お薬手帳が関連する「薬剤服用歴管理指導料」があります。
今までは,お薬手帳を持参する自分自身の健康に意識の高い人のほうが,持参しない人より負担金が高くなるという妙な仕組みでした。これは調剤報酬の仕組みが,目に見える形で行った行為に対するフィーという性質が強かったため,お薬手帳に記入・貼付する行為に対してフィーが発生し,持参すると41点,持参しないと32点と,持参しないほうが3割負担で30円安くなるなどと,実際には患者さんの安全を脅かす行為を誘導していたと言われても仕方がないような体系でした。
それが今回の改定で自分自身の服薬履歴など,しっかり管理している意識の高い人を優遇するという理にかなった規定となりました(薬剤服用歴管理指導料が,お薬手帳を持参した場合38点,持参しなかった場合50点となります)。
ただし,この意識の高い人を優遇する制度もすべての薬局で実施されるのではない,ということも知っておく必要があります。今回,かかりつけ薬局・かかりつけ薬剤師という概念を大きく打ち出したなかで,かかりつけ薬局とそうでない薬局との線引きを,薬局の規模であったり,薬剤師の状況(経験,認定資格の有無,当該薬局での勤務状況,有資格者の割合など)で判断し,6段階の調剤基本料(41点〜15点)が設定されました。そのなかで調剤基本点数41点の薬局のみで実施される制度なのです。そして,該当する薬局に過去6カ月以内に調剤してもらった場合にのみ,この優遇策が適用され,それ以外のケースはお薬手帳を持参してもしなくても50点が算定されます。
もっとも患者さんの負担金額は,基本点数と薬剤管理指導点数だけで決まるものではありません。結果として同じ薬を同じ数受け取る場合でも,前項のかかりつけ薬剤師を選定した患者さんのケースでは,かかりつけ薬剤師から投薬を受ける場合とそれ以外の薬剤師から受ける場合で違ってきます。
調剤報酬点数が複雑な仕組みになってしまったためですが,疑問に感じたことはその場で担当の薬剤師に聞いていただくのが一番です。薬局店頭には調剤報酬点数表をよく目につく場所に掲示することが義務づけられましたし,薬剤師には問い合わせには答える義務が生じますので。
■薬をめぐるトピックス
薬局の距離制限規定と違憲判決の話
最近は,憲法改定の話が話題となることが結構ありますが,薬局と憲法に関連する話題をお届けします。
日本において最高裁判所が憲法違反と判断した判例はそれほど多くはありませんが,数少ない例の一つに「薬局の距離制限規定」をあげることができます。
1963年に薬事法の一部改正(薬局がないか極めて少ない地域を解消する目的で)が施行されました。実際には都道府県が条例を定めて,申請された場所の人口や交通事情などを考慮して,知事が薬局開設の許可を与えないことができる,というものでした。
広島県で施行前日に申請した薬局に対し,施行後に定められた条例により(簡単にいえば既存の薬局が近くにあったということで)不許可処分がなされ,それに対して裁判が行われました。その結果,一審と控訴審で判決は異なり,1975年の最高裁判所大法廷での判決で「無薬局地域を解消する目的と手段として薬局の密集地域に規制を設けることは目的と手段が釣り合っていないうえ,開業規制以外で目的を達することができるので合理性が欠け,国民の『営業の自由』を不当に侵害している」ということで違憲と判断されました。
違憲判決後に薬事法は改正され,距離制限はなくなりましたが,それまでの12年間で無薬局地域が減少したのか,その後どうなったのか詳しい資料がありませんので定かではありませんが,薬局自体,民間企業ですから採算が合えば出店するし,合わなければ撤退するのは当たり前で,現在でも無薬局地域は解消されていません。
採算が合わないから出店されないのであれば,採算がとれるように補助をするなり,それなりの方策が必要ですが,そちらは置いてきぼりのままです。
ちなみに「営業の自由」をめぐっては,公衆浴場法の距離制限について裁判がおこされたことがありますが,こちらは公共的施設であると認定され,過当競争を防ぐ意味から合憲の判決が出ています。
さて,距離制限がないこともあり,日本の薬局の数は増え続け,1995年には4万軒以下だったものが,2018年には6万軒近くになっています。
■外国での事情はどうなのか
海外の薬局事情も見てみましょう。
ドイツでは,しばらく前までは薬局の開設者は薬剤師でなければならず,それも一人の薬剤師が開設できるのは1薬局のみでした。今世紀になって,支店を3軒まで認められるようになったのですが,日本のようなチェーン薬局というものはありません。
アメリカの場合,数千から1万軒近い支店を有する超巨大薬局チェーンがいくつかあり,ドイツのような独立店(インディペンデントという)は極少数派となっています。
日本ではここ数年,M&Aなどで薬局の看板が変わる店舗を見る機会が増えてきましたが,大手チェーンでも千数百店舗規模であり,アメリカとドイツの間のような状況です。
アメリカ全土での薬局の数は4万数千軒であり,日本全国の約6万軒との対比で,アメリカでの1軒あたりの規模の大きさや大手チェーンによる寡占化が相当進んでいることがわかります。ドイツでは約2万軒で,人口比から考えると日本の薬局の規模が小さいことがわかります。
薬局の経営ということを考えれば,当然,業務の効率化・不採算部門の切り捨てなど経営に必要な措置を講じることになります。一方インフラとして考えれば,不採算部門の存続をどのような費用分担で行うのかを考えることになります。
例えば,小規模の薬局で医療用麻薬を取り扱えば,かなりの確率で不良在庫が増加する要因となり,他の収益で補填しているのが現状です。麻薬を取り扱うためには薬局の免許のほかに麻薬小売業の免許が必要です。そこで麻薬小売業の免許を取得せず,不採算部門となる麻薬処方せんを受け付けない正当な理由としている薬局もなかには存在します。
規模が大きくなれば問題はないかというと,アメリカのように寡占化が進めば競争はおこりにくくなり,実際,チェーン薬局間での同じ後発医薬品の購入価格に5倍以上の開きがあるとの記事が,数年前のコンシューマーレポート誌で報告されています。正常な価格競争があれば,おこりえない状況でしょう。
日本の場合,保険医療での医薬品の価格は公定価格ですので考えにくいのですが,日本の薬局制度は,そもそもの国としての方向性で「アメリカにならえ」ですので,規制緩和一辺倒の現在の状況が続けば,今のアメリカの状況に近い将来がやってくる可能性は否定できません。
健康サポート薬局と薬局の面積
日本の薬局の規模の小ささは,法律に規定された条件によるものです。
医薬品や薬局関連の法律は「薬事法」に定められていましたが,平成25年に大きく改正され,名称も「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」となりました。この改正された長い法律の名称は通称「薬機法」と呼ばれますが,それに伴って関連の省令(厚生労働省令)があり,その中に薬局の大きさ(広さ)の規定があります。その省令は昭和30年代に作られたもので,19.8平方メートル(いわゆる6坪)以上の面積とその中に6.6平方メートル(2坪)の調剤室を備えれば,薬局としての最低限の大きさを確保できることになり,現在までその部分の改正はなされていません。
その昭和30年代は,医薬分業はほとんどなされておらず,「医者は薬を売り,歯医者は金を売り,薬屋は雑貨を売っている」と揶揄されていた時代です。
いま,国は健康サポート薬局の普及をすすめていて,具体的には常備すべき要指導医薬品を含むOTC薬や衛生材料・介護用品などの取り扱い,パーテーションなどで区切られた相談スペースの設置を求めています。また業務として24時間対応や在宅医療にしっかりと携わることも望まれているので,少なくとも4〜5人以上の薬剤師の勤務が必要です。実際問題として,現在の最低限のスペースの薬局では実現不可能な事柄です。
かつて,日本薬剤師会が1997年に21世紀の薬局像として発表した「薬局のグランドデザイン」という答申がありましたが,その中で必要面積は130平方メートル(約40坪),必要数2万4千軒というドイツの薬局を念頭に置いた数字が出されています。
将来的に,すべての薬局を健康サポート薬局にしようとするなら,早い時期に期限を切って最低限の大きさを具体的に決定し,猶予期間を設けて移行がスムーズに行われるように誘導するべきです。
■高額な新薬
2019年5月に,自家T 細胞治療の薬である「キムリア」が薬価収載されました。注目されていた価格は3,349万円で,すでに発売されているアメリカでは47万5千ドル(約5,000万円)でしたので,3分の2の価格ということです。しかしアメリカの場合,効果があった場合のみ請求する成功報酬型の価格設定ですので,一概に比較することは難しいですね。
さて,このキムリアでも驚きでしたが,2020年2月には脊髄性筋萎縮症*の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」の国内での製造販売が了承されました。アメリカでは2019年5月にすでに承認されており,その価格は212万5千ドル(約2億3千万円)です。とてつもない価格に感じられますが,従来の治療法で10年間継続した場合にかかる医療費は約4億円ということで,その約半額と設定されたとのことです。
(*注:脊髄性筋萎縮症は生まれて半年ごろまでに筋肉の萎縮や呼吸困難が出る難病)
こちらもキムリアと同じく成功報酬型の価格設定ですが,日本の場合はそういった仕組みはできていませんので,キムリア同様の価格設定だとすると1億5千万円ほどとなるのでしょうか?
キムリアもゾルゲンスマも画期的な薬品ですが,遺伝子操作や免疫機能を活用するなど,オーダーメイドで製造するため多くのコストがかかります。そのコストに見合う価格がつけられなければ,私企業である製薬メーカーが開発を続けることはできません。
ただ,こういった希少疾患の治療薬を採算が合うような価格設定にすることは正しいことなのか,時々考えてしまいます。つまり製薬メーカーが開発費を回収してなおかつ利益を上げられるような価格設定では,いずれ医療制度が負担に耐えられなくなる可能性があります。治療薬・治療法の特許などの開発費を公的機関が買い取って公共財として提供し,開発費を除いた製造原価で提供するのであれば…と考えてしまいます。
医療・介護などは,ある程度は社会主義経済の側面をもって運営しなければ成り立たない面があります。
■今の認知症薬のコストパフォーマンスは…
医療費の増大は日本のみならず,高齢化が進む国々での深刻な問題です。
フランスの保険医療では,薬局で患者が薬を受け取る時,一旦費用全額を支払い,後で償還を受ける仕組みになっています。その際,薬の種類により償還率が異なります。
抗がん薬やHIV治療薬のように高価な薬,インスリンのように治療に代替できる方法がない薬は100%償還つまり無料ですが,それ以外の薬品類は必要度の高さ,治療効果が期待できる度合いにより65%,30%,15%の償還となっています。
そのフランスで,昨年(2018年)8月から認知症の薬4種類が医療保険の適用対象から外されました。その4種類とはドネペジル(日本での先発品名アリセプト,以下同),ガランタミン(レミニール),リバスチグミン(イクセロン,リバスタッチ),メマンチン(メマリー)で,日本ではいずれも保険治療の対象となっています。フランスの衛生当局はこれら4種類の薬を「効果は高くない割に副作用が多く,薬の有用性が不十分」と判断したわけです。もともと償還率は15%の「ある程度の治療効果を持つ薬品」に分類されていたので,もし日本で健康保険から外れた場合の影響と単純に比較することはできませんが。
それで思い出したのは,日本で20年以上前に脳代謝賦活薬というくくりで認知症に大量に処方されていた何種類かの薬です。ある日,厚生労働省からの通知が県や薬剤師会を通してファクシミリで流れてきました。脳代謝賦活薬である4種類の薬品が「本日からは薬ではない」という旨の連絡でした。当時の本書の著者,木村繁が「“溺れる者は藁をもつかむ”の藁程度の薬である。藁の薬には藁の値段を」と講演していたのを筆者は思い出します。
その当時,アリセプトは確かに効果が認められる薬として既にアメリカで市販されており,しかも日本の製薬メーカーが開発したものが日本では手に入らないということにもどかしさを感じたものです。それがフランスの判断とは言え,コストほど効果が認められないとされてしまったのですから。
そんな中,テレビや週刊誌でも報道されたので,ご存知の方も多いと思いますが,リファンピシンという薬に認知症予防薬としての可能性があることが報告されました。
リファンピシンは抗結核薬として開発され,その後,ハンセン病にも使われるようになった薬です。ハンセン病患者の方たちが高齢になっても認知症を発症する頻度がとても少ない,という論文が1992年に報告され,そのことに着目した富山貴美氏(現大阪市立大学教授)が,ハンセン病患者が長期服用していた薬品類の中から,リファンピシンに当時アルツハイマー病の原因と考えられていたアミロイドβの蓄積を抑制する作用があることを報告したのは1994年のことです。
その後,アミロイドβのオリゴマー(アミロイドβなどのタンパク質が2〜数個の集合体)やタウのオリゴマーが認知症の原因と考えられるようになりましたが,リファンピシンはこれらのオリゴマーの形成を抑える作用があることもわかりました。
認知症モデルのマウスに予防的にリファンピシンを投与する動物実験では,投与していなかったマウスの認知機能は悪化しましたが,投与されたマウスは正常のマウスとほぼ同程度の記憶力を示すことが明らかになりました。また,投与時期の検討から,マウスが若いうちから投与すれば,その時期が早いほど少量で大きな効果が得られることも判明しています。
リファンピシンが認知症の予防薬として承認されるためには人による臨床試験が必要ですので,今日明日という訳にはいきませんが,こちらはかなり期待が持てる状況です。
■既存薬再開発
さて,このリファンピシンのように,既にある医薬品から現在の適応症以外の疾患に有効な薬効を見つけ出すことを既存薬再開発(Drug Repositioning)といいます。すでに安全性試験や薬物動態試験などはクリアしていることなどから,研究コストの低減・開発期間の短縮などが期待できます。
医薬品は化学物質であり,生体にさまざまな作用をします。人体にとって都合の良い作用を主作用(効能)とし,それ以外を副作用と呼んでいますが,副作用の中には他の疾病の治療に役立つ作用となる可能性もあるのです。
サリドマイドは,当初は睡眠薬として開発されましたが,妊婦が服用すると胎児に四肢奇形の副作用が生じることから姿を消しましたが,今日では多発性骨髄腫の治療薬として,厳格に管理された状態で使用されています。また,シロスタゾールは抗血小板薬として広く使用されていますが,軽度認知症への適応に関する臨床試験が現在行われています。
■医薬品における国としての危機管理
手術時の感染予防に第一選択薬として用いられている抗生物質のセファゾリン(注射製剤,本書の対象外)で,2019年2月末,約60%の市場シェアを占めていたメーカーである日医工からの製品供給が止まりました。他社の供給量が急に増加できる状況になく,4月現在では代替薬となる他の抗生物質の注射薬も流通制限がされている状態です。
日医工からの医療機関向け案内によれば,原薬の品質が製品製造に適さないものとなり,供給再開の目途が立たない状況であるとのことです。この原薬の製造元は国外であり,簡単には状況改善はなされないようです。
この日医工のセファゾリンは実は後発医薬品なのですが,販売数で先発医薬品のセファメジンαを圧倒していて市場占有率が高い製品だったため,大きな影響が表れたのです。
原薬の品質の問題で製品である薬剤の供給が止まるのは,今回のセファゾリンが初めてではありません。多くは後発医薬品でおきていますが,先発医薬品でもおこる話です。
腱鞘炎や外傷後の疼痛に広く使用されていたモビラート軟膏は,2007年に原薬の一つ「副腎エキス」の品質不適で輸入が止まり,販売中止となりました。後発薬が何種類かあり,しばらく代替薬として続いていましたが,各社とも原薬の供給が止まるとともに販売中止となりました。現在では2015年に新たな原薬供給先を開拓して製剤の供給を再開したゼスタッククリームがありますが,以前のように多くは処方されていません。
2012年に5社から販売されていた高血圧治療薬のシルニジピン(先発品名:アテレック)の後発医薬品のうち4社が原薬の供給が得られないため一時中止(2015年に再開)となったのは,4社の原薬供給先が同じであったことが原因です。同様のことが,2018年にシンバスタチン(先発品名:リポバス)でもおこっており,こちらも複数の後発薬メーカーの製品が販売中止となっています。
上記のことと同列に扱うことが適当かはわかりませんが,2011年の東日本大震災の際,チラーヂンSを製造する工場が被災し,この商品がレボチロキシン製剤の90%以上のシェアを占めていたこともあり,供給再開までには後発薬である海外製品の緊急輸入がされたほか,患者への処方日数制限が行われたりしました。この時は,製缶工場の被災により,経腸栄養剤のエンシュアリキッドの供給も大幅に減少し,こちらも海外製品の緊急輸入が行われました。
東日本大震災のケースではかろうじて綱渡り的に供給が続きましたが,今回のセファゾリンの場合は病院から悲鳴が上がっています。医薬品の場合,供給が止まることは命に直結する可能性が高く,ほかの商品と同列に扱うべきではありません。経済効率を考えなければならない民間企業と市場原理にすべてを任せるのはどんなものでしょう。農産物の多くを海外に依存する危うさと同様に,基礎的医薬品の原薬をすべて海外製品に委ねる危うさを国として認識するべきです。
■COVID-19と既存薬再開発
COVID-19(新型コロナウイルス)感染症対策が残念ながら後手後手に回り,感染者はほぼ全国に現れ,その数字自体,検査が追い付いていない状況から少なく出ているであろうと多くの人が思っている中,店頭からマスクや消毒用エタノールが消え,おまけにデマでトイレットペーパーまでなくなった2020年3月に,このトピックスを書いています。
新しく現れたウイルス感染症に対して,治療法を確立することは容易ではありません。抗生物質・抗菌薬と呼ばれる薬品群は細菌に対してのものであり,ウイルスには効果はありません。わが国ではいまだ風邪の時に抗生物質が処方されることが多いようですが,細菌性の肺炎・気管支炎などがなければ無意味な,もっと言えば有害な処方です。風邪の原因の大半はライノウイルスや(新型ではない)コロナウイルスと言われています。そして,風邪の治療には安静と栄養が第一で,いわゆる風邪薬と言われるものは症状を抑える対症療法でしかありません。
さて,実際の医療現場では,RNAウイルスであるCOVID-19に対して同じRNAウイルスであるインフルエンザウイルスやエイズウイルスに効き目がある抗ウイルス薬を治療に用いて効果があったとの報告がされ,わが国でも重症の患者さんにはすでに使用されています。また,軽症の患者さんを対象に臨床試験が実施されることが3月1日に新聞報道されました。
これは本書の2019年電子版のトピックスで紹介した,既存薬再開発(Drug Repositioning:既にある医薬品から現在の適応症以外の疾患に有効な薬効を見つけ出すこと)の緊急時の応用版と言えます。安全性試験・薬物動態試験などをクリアしている既存の薬ですので,効果の有無さえ判定できれば医療現場ではすぐにでも実際の治療に用いられます。
3月3日にはCOVID-19感染症確定患者を受け入れている神奈川県立足柄上病院の岩渕医師らのグループから,シクレソニド(製品名オルベスコ:ぜんそく治療の吸入ステロイド薬)を初期から中期のCOVID-19肺炎患者3名に投与して良好な経過をたどっているとの報告がなされました。
どういった経緯でシクレソニドに抗ウイルス作用がありそうだと判明したのかは報告には書かれていません。肺炎の対症療法として使用した結果,浮かび上がったのでしょうか。ぜんそく治療薬としての吸入ステロイド薬は,シクレソニド以外にブデソニド,ベクロメタゾンプロピオン酸エステル,フルチカゾンプロピオン酸エステル,フルチカゾンフランカルボン酸エステル,モメタゾンフランカルボン酸エステルの5種類が承認されていますが,シクレソニド以外には抗COVID-19ウイルス作用はないようです。
3月11日にWHOがパンデミックを宣言し,このトピックスが出版される時までにCOVID-19感染症騒動が治まっているとは希望的観測としても難しいと思われますが,全体像はもう少し判明しているでしょう。
■自閉症スペクトラム障害治療に利尿薬
機能性表示食品のCMがよく目につきます。その中に「睡眠の質(眠りの深さ,すっきりとした目覚め)の向上に役立つ機能があることが報告されています」とされたGABA(ガバ)(ガンマアミノ酪酸)を100mg含有した商品があります。GABAは神経伝達物質の一つでストレスを和らげ,脳の興奮を鎮める作用があります。この脳に対して抑制的に働く作用は大人における作用で,胎児や乳児の脳では興奮性作用を示すことがわかっています。
このGABAの機能の切り替えがうまくいかずにバランスが崩れ,神経発達障害の起因になるという示唆があります。
2020年1月の“Translational Psychiatryオンライン版”に,自閉症スペクトラム障害(ASD)の幼児の治療に利尿薬の一種ブメタニドが用いられ,症状を改善することが報告されました。GABAの減少により脳機能を改善し,ASD症状を緩和するとされています。ASDの乳幼児への治療法は今のところ行動療法しかありませんので,薬物治療ができることとなれば朗報です。
実はこのブメタニド,2015年にはダウン症候群の認知・記憶障害に効果がある(モデルマウスによる動物実験)との報告もあり,精神神経疾患への応用がいろいろできる医薬品なのかもしれません。
■サプリメントやビタミンのこと
上記のGABAをサプリメントとして摂取している人もいると思います。それでコマーシャルのように良い睡眠がとれる方は問題ないと思いますが,特に小さい子供では興奮してしまう可能性があります。飲ませない,飲むところを見られないなどの注意が必要です。
ビタミンは五大栄養素の一つであることは小学校5年生の家庭科で学習し,水溶性ビタミンと脂溶性ビタミンがあることなどを中学校で学習します。その時に,脂溶性ビタミン(ビタミンAやビタミンD)には過剰症があるので注意しなければならないこと,一方,水溶性ビタミンは必要以上に摂取しても尿中に出て行ってしまうということを記憶された方も多いと思います。
ビタミンAは大量に摂取した場合には悪心や嘔吐・頭痛や顔の紅潮といった症状が,慢性的に過剰が続くと体重の減少や甲状腺機能低下がおきます。妊娠中の過剰摂取は催奇形性の可能性があり禁物です。
ビタミンDの過剰症では,高カルシウム血症や,それに伴い体内にカルシウムが沈着し腎結石など様々な症状が現れます。
水溶性ビタミンとは,ビタミンB群,ビタミンCで,ビタミンB1の欠乏症は「脚気」,ビタミンCの欠乏症は「壊血病」が有名ですが,ビタミンB12では,欠乏すると貧血や神経症状が現れることが知られています。
そんな水溶性ビタミンには過剰症はないというのが常識でしたが,最近,オランダにて実施された研究でドキッとする報告がありました。
透析患者や慢性腎臓病患者で,ビタミンB12の血中濃度が高いと死亡リスクが増えることは知られていましたが,一般成人5千人以上をビタミンB12の血中濃度で4つのグループに分けて12年間追跡調査した結果,血中濃度のいちばん高いグループはいちばん低いグループに比べ死亡リスクがほぼ倍だった,というものです。
この研究では,血中濃度の高さがサプリメント摂取によるものかどうかの記述はありませんが,女性7万人以上が参加した研究では,ビタミンB12のサプリメント摂取と股関節の骨折リスクとの関連性が示されています。
■薬価改定
今年2020年は2年に一度の薬価改定の年に当たりました。
実は2019年10月に消費税が8%から10%に上がった際,これは前回の薬価改定から1年半の時点でしたが,薬価改定がありました。消費税増税分が値上げになった薬品もありましたが,1年半分の実勢価格との差があり,薬価据え置きや値下げになった薬品のほうがほとんどでした。
今回は半年分の改定ですので,あまり変わらないのでは思っていたのですが,発表された4月からの薬価は数%下がったものが多い印象です。なかには新たに効能が追加され適用患者の増加が見込まれることで37%引き下げられたゾレア(アレルギー性鼻炎などの注射薬),予想された使用量よりも多く使われたことで25%引き下げられたリクシアナ(抗凝固薬)などもあり,全体として4.38%の引き下げとなりました。
日本全体の薬剤費はどうなっているのでしょう?
医療費全体で40兆円を超すようになって何年か経ちますが,その中で薬剤費の占める割合は20%程です。手元にある資料で確認できるいちばん古い1993年度の総医療費は約24兆円で,薬剤費はその28.5%で約7兆円ありました。当時は2年ごとの薬価改定で10%以上の切り下げもあり,全体に占める薬剤費の割合は1999年度にはいったん20%を下回りました。しかしそれ以降は20〜22%とほぼ横ばいで,総医療費が増加している分,同じ割合で薬剤費も増加しています。
その間,実際の薬価がどう変化したか,手元にデータがある2001年度の薬価と2020年度の薬価をいくつかの薬で比べてみます(表)。
表では,上段に先発品,下段にそのジェネリック(後発品)を並べています。どの薬も先発品そのものの価格が半額以下になり,ジェネリックに置き換えられていれば,2001年時点ですでにジェネリックが出ていたロキソニンを除き,元の価格の10〜20%に下がっています。しかもジェネリックの使用率は80%に届こうかとしています。
ここに挙げた例以外でも全体的に薬品代は下がっているにもかかわらず,年間の薬剤費は薬価改定の年には下がることもありますが,着実に増加しています。65歳以上の高齢者は20年前に比べて1.6倍になるなど日本の高齢化率は30%目前ですし,薬を必要とする人の数は増加しているとはいえ,これだけ薬価が下がっているなら,薬剤費も下がってもよさそうですが,実際にはより高価な新薬が,減少した分の穴埋め以上に増えています。
免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボやC型肝炎治療薬のソバルディのように画期的な新薬が出た時には薬剤費が増加しても仕方ないと思いますが,毎年そんなに画期的な新薬が開発されてくるわけではありません。今ある薬で対応できない場合だけ使えばよい程度の新薬が,今までの薬と置き換わっていくのをしばしば目にします。これを「新薬シフト」と言います。
医師には今までの安価な薬を高価な新薬に切り替える時には,経済面も考慮して処方してもらいたいものです。
●保険薬価の比較(2001年と2020年)
製剤名 2001年 2020年
ロキソニン60mg 28.9 13.4
ロキソプロフェンナトリウム60mg 13.5〜17.8 5.7〜9.8
アムロジン5㎎・ノルバスク5mg 98.9 38.0
アムロジピン5mg — 10.1〜15.2
ガスター20mg 77.6 25.3
ファモチジン20mg — 10.1
タケプロン15mg 156.4 57.6
ランソプラゾール15mg — 23.0
リピトール10mg 181.6 81.1
アトルバスタチン10mg — 19.4〜29.2
アレグラ60mg 117.5 52.5
フェキソフェナジン60mg — 15.3〜27.9
*単位:円
■アスピリンの話題
「アセチルサリチル酸」という医薬品があります。現在のわが国では「アスピリン」の名称が日本薬局方(法律に基づき,医薬品の性状及び品質の適正を図るために定められた医薬品の規格基準)での一般名となっていますが,この「アスピリン」,元々はドイツのバイエル社の商品名でした。世界で初めて人工合成された医薬品で,19世紀末に臨床応用されるようになりました。
アメリカの薬局方には「アスピリン」の名称が,ヨーロッパ諸国の薬局方では「アセチルサリチル酸」の名称が採用されています。筆者が薬学生だった半世紀前に有機化学の実習で合成したのですが,そのころの日本薬局方の一般名称は「アセチルサリチル酸」だった記憶があります。
そのアスピリン,解熱鎮痛薬としてOTC薬(市販薬:薬局・ドラッグストアなどで販売される薬,代表的なものはバファリン,バイエルアスピリン)で販売されていますが,医師が鎮痛剤として処方することは現在の日本ではほとんどありません。保険医療で使用できるものとして錠剤はバファリン配合錠A330(及びそのジェネリック薬)があるのですが,筆者の薬局では十年以上処方を受けつけたことがありません。
現在では,医師が処方するアスピリンは川崎病など特殊なケースを除き,ほぼ抗血小板作用を期待して使用しています。
実は,アスピリンの血小板に対する作用としては,用量の多少によって血小板凝集を抑制する,あるいは促進するという相反する作用が現れ,アスピリン・ジレンマと呼ばれています。
抗血小板療法の臨床試験では高用量(500〜1500mg/日)と低用量(75〜150mg/日)で効果に差がなかったことから,低用量(75〜150mg)が推奨されています。
鎮痛薬としての用量(1回500〜1500mg,1日1〜4.5g)では血小板凝集を促進する作用が現れるとされていますが,どのあたりにその境目があるのかはしっかりしたデータがないようで,OTC薬のバファリンの使用上の注意には「出血が止まりにくい」などと記載されています。
さて,低用量アスピリンは狭心症・心筋梗塞・脳梗塞を起こした人の血栓・塞栓形成の抑制,心臓手術(冠動脈バイパス術など)後の血栓・塞栓形成の抑制に用いられます。多くの人が服用を続けるわけですので,それらの方々のその後を調査した臨床研究が多くなされ,その1つとして大腸がんのリスクを低減することが示されていました。
また,B型肝炎やC型肝炎の患者は肝細胞がんになるリスクが高いことが知られていますが,低用量アスピリンを服用し続けることで,その発生リスクと死亡リスクがともに約30%低下するという結果も示されています。
当然,健康な高齢者に低用量アスピリンを続ければもっと健康で長生きできるのではないかとの治験も行われたのですが,低用量アスピリンによる発がんリスク低下は認められず,かえってがんに起因する死亡率は上昇したという結果が報告されています。
このようにアスピリンの作用はいろいろと報告がされていますので,今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においてもイスラエルで1万人規模の調査研究が行われました。結果は,低用量アスピリン服用者では新型コロナ感染リスクが約30%低いこと,また,感染した場合はPCR検査で2回の陰性結果が出るまでの期間が2日短いことが判明しました。
だからと言って,新型コロナウイルス感染症の予防として普段からアスピリンを服用し続けるという選択肢は考えられませんが,感染が判明した時点から服用を始めたケースで臨床試験をしてほしいと思います。
■新型コロナの薬について
2021年4月時点で,新型コロナウイルス感染症に対して効能を認められた医薬品(薬価収載された医薬品)は以下の3種類にとどまります。
・デキサメタゾン(製品名デカドロン:ステロイドの一種で効能に重症感染症(化学療法と併用する)がある。他のステロイド製剤にも同様の効能はあるが,新型コロナウイルス感染症に対する使用が公的に認められているのはデカドロンのみ)
・レムデシビル(製品名ベクルリー点滴静注液:抗RNAウイルス作用があり,エボラ出血熱の治療薬として開発が進められていた。エボラについては治験段階で,医薬品として承認はまだされていない)
・バリシチニブ(製品名オルミエント:関節リウマチ,アトピー性皮膚炎の薬として既存)
当初期待されていた薬品4種類(レムデシビル,ヒドロキシクロロキン,ロピナビル・リトナビル配合剤,インターフェロンβ-1a)の臨床試験がWHOを中心に行われました。しかし,レムデシビルを除く3種類の薬の臨床試験は,数カ月の試験で「院内死亡率の低下,人工呼吸器装着の抑制,入院期間の短縮」のいずれも認められず,治験は中止されました。
また,前回の「薬をめぐるトピックス」でシクレソニド(製品名オルベスコ)について書いたのですが,こちらに至っては,新型コロナ無症候・軽症者90例を対象に同剤の有効性・安全性を検証した結果,他の対症療法群に比べ肺炎が増悪する率が高いことが示され,無症状・軽症の新型コロナ患者に対するシクレソニド吸入剤の投与は推奨できない,との結論でした。
ファビピラビル(製品名アビガン:抗インフルエンザウイルス薬)は実際に当初より使用され,1年前に当時の安倍首相が「(2020年)5月中の承認を目指す」と発言するなど,かなり期待されるような報道もなされてきました。実際には5月に例外的に承認されることはなく,臨床試験を実施して10月に新型コロナへの適応拡大を申請しましたが,12月に「現時点のデータから有効性を明確に判断するのは困難」と,承認の判断は見送られました(明らかに効果があるというデータが出なかったということです)。
製造元の富士フイルム富山化学株式会社は,2021年4月から「重症化リスク因子を有する発症早期のCOVID-19患者(発熱などの症状発現から72時間以内,かつ基礎疾患や肥満などの重症化リスク因子を有する50歳以上のCOVID-19患者)」を対象に新たな臨床試験を開始し,10月終了を目指すとしていますが,今までの結果から,ごく限定的な効果の医薬品で,残念ながら特効薬とは言えない現状です。
既存薬で同様の限定的ながら効果が認められると発表があった薬品がコルヒチン(痛風発作の緩解及び予防,家族性地中海熱が適応の薬)です。こちらは診断時に入院が不要と判断された40歳以上の患者さんのうち重症化リスク(70歳以上,肥満,糖尿病,高血圧,呼吸器疾患,心臓疾患,48時間以上続く発熱など)がある場合が対象で,その後の入院・人工呼吸器装着・死亡について比較したものです。30日後の経過比較で,コルヒチンを投与された患者の方が25%リスクが低いというものでした。
いずれにしましても,現時点で新型コロナウイルスに対する特効薬はありません。感染しないようにするのが最良の防御法です。
■コロナワクチン
新型コロナウイルスに明け暮れた1年でしたが,筆者が住む名古屋市でも新型コロナウイルスワクチンの接種がようやく始まった5月初旬にこの原稿を書いています。
名古屋市においても,高齢者から接種の案内が届くようになったのですが,最初に75歳以上に申し込み書(クーポン)が配布され,その数日後に65歳以上にも届けられました。申し込みは電話とインターネットで受け付けられていましたが,回線の用意が少なく,電話はほぼつながらない状態。ネット経由は使えない方も少なくなく,家族や若い知人を経由して早めにつなげた人はラッキーだったなど,市民は振り回されている状況です。
どう考えても,自治体(ここでは名古屋市)の対応が悪かったと思ってしまうのですが,そもそも国・厚生労働省が接種の方法を地方自治体に丸投げし,ワクチン供給の目途も示すことができない中で地方自治体にシワ寄せが行き,結果として国民が尻拭いをさせられている構図です。
「想定外」という言葉が東日本大震災のときには繰り返されましたが,最悪のケースを想定せずに物事を進めてしまう日本の政治の悪い面が全部出てきたように感じます。1年以上経過してこの手際の悪さですから,国民はもっと怒ってよいと思います。
筆者自身は5月1日に医療関係者枠で1回目の接種を済ませたところですが,当初の説明では3月中に全医療関係者に接種が終わっている予定でしたので随分と遅れています。そして信じられないことに,病院の医療職や救急隊員など筆者よりもリスクが断然高い人たちへの接種がまだされていないなどの報道があります。
実際,医療職への接種率は読売新聞によれば,4月末までに2回の接種を完了した人は対象となる約470万人のうち20%にとどまるとのことです。1回目の接種も遅れがちで,都道府県別で62〜31%であるとあります。自身は接種を受けられずに予防接種の業務にあたるなど,なんのコントかと思います。
厚生労働省のホームページには,早期に接種する医療従事者等に該当する職種が例示されていて,最後に「医療従事者等の方は,個人のリスク軽減に加え,医療提供体制の確保の観点から接種が望まれますが,最終的には接種は個人の判断です。接種を行うことは,強制ではなく,業務に従事する条件にもなりません」と書かれています。
確かに強制接種はできませんが,過去のワクチン施策の失敗を引きずって個人の責任に転嫁しているようにしか見えません。最終的には個人の判断でも,結果として重大な副作用に見舞われたときには国家が責任をもって保証する類のものと考えます。
■自動販売機による医薬品販売の実証試験
2021年4月,国(経済産業省・厚生労働省)が自動販売機による医薬品販売の実証試験を認定しました。3カ月以内の期間限定で東京都の品川駅構内のコンビニエンスストアでOTC販売機を設置して実証試験を行うとあります。
薬局やドラッグストアがない地域に設置して実証試験を行うのなら理解できますが,便利な地域に設置して何を目的としているのか見当もつきません。どういった医薬品を販売するのかもはっきりしませんが,今の法律上の区分で第3類医薬品,第2類医薬品が対象だと考えられます。
顔認証機能を付けて同一人物が同一医薬品を連続して購入できないように制限する,とありますが,インターネットで医薬品が購入できるようになったとき,未成年者による「ブロン液」の大量購入がなされ,依存症・家庭崩壊などと組み合わさった報道がされていました。今回の自販機による医薬品販売でも,残念ながら同様の事件がおこる将来しか思い浮かびません。
それを防ぐには顔認証機能をマイナンバーカードと紐づけ,購入履歴を記録する必要性が生じると思われますが,それはそれで個人情報の観点からは疑問符が付きます。
2021年3月の協会けんぽ(全国健康保険協会)からのお知らせに「2021年3月からマイナンバーカードが保険証として利用できるようになります!」との告知がありました。筆者の薬局でも機器をそろえ回線を整えて準備をしてきましたが,5月現在も利用可能となっていません。
新型コロナ対策などで急遽行われる政策では走りながら考えることも必要でしょう。それでも見るも無残な「アベノマスク」は言語道断ですが,マイナンバーカードなどはもう何年も前から継続的に行われてきたことなのに,普及を目的にポイント還元とか今回の保険証として利用できるようになるとか,思いつきでやっているとしか思えません。壮大な無駄遣いとならないように,青写真をしっかり描いて進めて行ってほしいものです。
■医薬品の流通問題
2021年12月,テレビのニュースにも流れ,新聞各社も報道しましたので記憶にある方も多いと思います。筆者の地元の中日新聞は12月7日の朝刊1面トップで「ジェネリックが足りない」の大見出しで伝えています。
発端は2020年に小林化工が製造した経口抗真菌薬:イトラコナゾール錠50「MEEK」を服用した患者からの副作用の訴えでした。意識消失や傾眠の訴えがあり,運転中に意識が薄れて交通事故をおこした人もいました。
製造過程で睡眠導入剤が混入したことが原因とされましたが,そもそも絶対にあってはならないことであることは言うまでもありませんし,考えも及ばない出来事でした。
医薬品は品質規格が定められており,それに適合することが当然のことですが,その製造過程も適切に管理される必要があります。そのため,医薬品はGMP(Good Manufacturing Practice;医薬品の製造管理及び品質管理の基準)に適合した工場での製造が義務づけられています。
このことが順守されていれば,おこらなかった事故であることは明白ですが,実際には事故はおこってしまいました。ヒューマンエラーが積み重なった結果であり,筆者は1999年に東海村でおこった臨界事故を思い出しました。どんな最新の設備が整っていても,しっかりしたマニュアルがあっても,それを操作するのは神ならぬ人間であり,間違いを犯す存在であることを再認識しました。つまるところ,間違いを犯しても重大な不具合が生じないように制度を設計するしかない,ということです。
小林化工のこの事故がきっかけで各製薬メーカーが自己点検を行ったところ,不備があるメーカーが続出しました。製造過程の変更の届けを出していなかったなど,品質や安全性には問題がないケースが大半でしたが,不備のまま製造を続けることはできませんので,製造過程の見直しなどが相次ぎ,予定通りの製造ができずに出荷が遅れることになりました。また,品質に問題がある医薬品は当然回収が行われ,今まではその分は他社が補うことで事なきを得ていたのですが,今回は対象医薬品が多すぎて全体としての供給不足も生じ,類似した成分の薬に変更を余儀なくされるケースも相次ぎました。
他の薬で代替できるケースはまだ良いのですが,中には他の成分に変更が難しいものもあります。てんかん発作を予防するため毎日の服用が必要なバルプロ酸ナトリウムという薬は,銘柄を変更する(先発医薬品・後発医薬品を問わず)とコントロールが難しいため,変更は推奨されていません。医薬品の規格基準には適合しても,個人個人での吸収のされ方が銘柄により違いがあり,血中濃度が同じにならないためと言われています。
それでも他の成分の薬に変更するよりはリスクは少ないので,バルプロ酸ナトリウム製剤の取り合いが始まり,結果として製薬メーカーの出荷調整が行われることになってしまいました。出荷調整とは過去(例えば半年間)の納入実績から計算される量しか配荷されない状況で,新しく該当の医薬品が処方された患者さんを受け付けることができないようになってしまいました。
カルボシステインという薬では大手の後発品メーカーの製品が回収となり,先発品メーカー(製品名ムコダイン)にも注文が殺到しましたが,最近ではカルボシステインの中でのムコダインの市場占有率は10%程度に過ぎず,こちらも出荷調整となっています。この十数年で国が後発医薬品への変更を後押しする制度を推進していましたので,当然の結果です。製薬メーカーとしてもいきなり製造量を倍にすることは他の医薬品の製造にシワ寄せが行きかねず,そもそも原薬の調達も右から左という訳にもいきません。
国は後発医薬品への転換を推進しておきながら,品質については製薬メーカーにお任せにしてきました。GMPにのっとった方法で製造されていれば,当然このような不祥事はおこらないので国には責任はない,と言うかもしれません。法律的には確かにその通りかもしれませんが,国は今回のような事件がおきることを十分予測できたはずです。残念ながら,このような事件は今回が初めてではなく過去に何度も発生しており,そのたびに業務停止○○日といった行政処分が課されてきました。
筆者の記憶に残る新聞沙汰になった最初の事件は,1994年,当時の大洋薬品工業が去痰薬の包装に抗がん薬を誤って封入してしまったものです。見た目が異なっていたため実際に患者さんに渡る前に回収が行われていますが,工場から出荷はされていましたので,かなり際どい状況だったと思います。
このような不祥事をおこして,以後は反省して優良工場になっていれば,まだめでたしめでたしなのですが,その後も承認内容と異なる原料を使用したり,ファモチジンの成分含量が120%の製品と80%の製品を出荷したりで,その都度,回収をしています。
製薬メーカー内で品質管理がおざなりになる可能性があるのならば,抜き取り検査をするなど,製薬メーカーに緊張感を持って運用するようにもっていくのが国の役目だと思います。
■リフィル処方箋
2022年4月から,日本でもリフィル処方箋が導入されました。
本書で海外評価の基準としているイギリス・アメリカ・ドイツ・フランスの4カ国中,ドイツ以外ではすでに活用されており,他にもカナダ・オーストラリアなどで導入済みです。アメリカ(州によって異なるが)では70年以上の歴史があります。
対象となる患者さんは各国それぞれで,特に規制のない国から,症状の安定している慢性疾患患者や経口避妊薬服用患者などに限られる国まであります。
日本においては今回「医師の処方により,薬剤師による服薬管理の下,一定期間内に処方箋の反復利用が可能である患者」が対象となっています。処方日数や数量に制限のある薬品は対象外で,これには睡眠薬や精神安定薬のような向精神薬,麻薬,湿布薬などが該当します。
この制度は以前から中央社会保険医療協議会(日本の健康保険制度や診療報酬の改定などについて審議する厚生労働相の諮問機関)で検討されてきました。この協議会は支払側委員(保険者)7名,診療側委員(医師会など)7名,公益委員(中立)6名から構成されており,医師会の反対で今まで実現できないでいましたが,今回のコロナ禍で電話診療が認められたことも後押ししたのでしょう。
今回,処方箋にはリフィルを可とするチェック欄がつけられます。
「 リフィル可 □( 回) 」
このチェック欄に医師がチェックし,利用できる回数(2回もしくは3回)を記して初めて,その処方箋がリフィル処方箋として有効になる仕組みです。
今までも診察を受けずに薬だけ(処方箋だけ)を受け取りにクリニックに通う患者が存在していました。本来,医師は診察をして初めて処方が可能となるわけですから,診察を受けずに処方される状態はそもそも違法ですし,それを回避するために建前上受診した形をとるためには,当然診察に関する料金が発生します。初診料・再診料・処方料などです。
これがリフィル処方箋となればなくなるわけですから,医療費の面から考えれば減ることになりますので,国としては是非導入したい制度なわけです。
「薬だけ受診」という制度上認められない「診察を受けずに薬を受け取る」状態や建前上制度に合わせるための形だけの受診などをなくすことは,患者の通院負担も減少しますから客観的に理屈に合った方策だと思います。
しかし病医院としては,受診が減ればすなわち収入が減ることになりますから,積極的にチェックするとは思えません。今回はとりあえず制度を導入して,次回以降にリフィル処方箋の発行数に応じて多く発行する病医院に有利となるような修正がなされ,患者さんの間でリフィル処方箋の便利さが浸透した後で,リフィル処方箋の発行数が少ない病医院に不利となるような修正が行われるのではないでしょうか。後発医薬品の普及にあたり制度変更が繰り返されてきた経緯からの類推です。
そもそもリフィル処方箋と類似した制度として「医師の指示による分割調剤」があります。
例えば90日分の処方を3分割でとの指示がある場合,医師から患者さんが受け取る処方箋は分割内容を記した3枚の処方せんと「分割指示に係る処方箋(別紙)」の4枚となります。最初に受け付けた薬局では1枚目の処方箋の指示に従い30日分を調剤して患者さんに渡す形になります。その際,薬局は(別紙)に受け付けた旨を記載し,4枚とも患者さんに返却します。2回目は,患者さんは4枚セットで持参します。薬局は2枚目の指示に従って30日分を調剤して患者さんに渡し,(別紙)に2度目を受け付けた旨を記載し,4枚とも患者さんに返却します。3回目,患者さんはやはり4枚セットで持参します。薬局では3枚目の指示に従い30日分を調剤します。このすべての調剤が終了した時点で処方箋は患者さんの手を離れ,薬局で調剤済処方箋として保管されます。薬局は2回目・3回目の調剤ごとに処方医に対して情報提供の義務がありますので,患者さんの状況を報告します。
これはとてもややこしい制度だったせいもあり,ほとんど普及しませんでした。筆者の薬局では制度ができて以来一度も受け付けたことがありません。
リフィル処方箋では同等の内容が1枚の処方箋で済むような制度となっています。「30日分の処方をリフィル可(3回)」と記せば上の例と同様の90日分の処方箋となり,「医師の指示による分割調剤」に比べるとハードルは低いと思われます。
ただし,今まででも90日分の処方箋は分割調剤指定でなくても発行されていましたので,患者さんのメリットを考えた場合,服薬によって良くコントロールできている場合に,イギリスのように半年〜1年分の処方ができるようになることが国の目標ではないでしょうか。
■不妊治療の保険適応と緊急避妊薬
薬の話題とは異なりますが,この4月から不妊治療が保険適用されました。
1回あたり数万円の費用がかかっていた人工授精はもちろん,1回あたり数十万円かかっていた高度不妊治療と言われている採卵・採精や体外受精・顕微授精にも健康保険が適用されることになりました。少子化問題が話題になるようになってからどれほどの年月が経っているのか,国が何を目指しているのかはっきりしていれば,とっくに実現していなければならなかった制度です。
緊急避妊薬に関しても同じことが言えます。望まれている妊娠を後押しせず,望まない妊娠を半ば放置して中絶手術のリスクを負わせるなど,どう考えても不合理なことです。今回,望まれている妊娠の後押しを決めたのなら,望まない妊娠を減らすための合理的な判断を求めたいと思います。
本書第31版のこの項で,「スイッチOTCにならなかったノルレボ錠」について書きました。性交後72時間以内に内服すれば80%以上避妊が可能な薬品で,英米独仏を含む世界70カ国以上でOTCとして販売されています。2018年に「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」で否決された経緯について書いたのですが,2022年3月10日に再度,評価検討会議の検討議題となっていました。
それに先立つ2月4日に「アフターピル(緊急避妊薬)を必要とするすべての女性に届けたい」と14万1,830人のネット署名を集めた「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト」が厚生労働大臣に要望書を提出しています。しかし,結果は議論の先送りとなり,この4年間何もしていないことを改めて示しました。
この間,厚生労働省がしたことは「緊急避妊を希望する方が医療機関を選択する際の参考となるよう,緊急避妊にかかる対面診療が可能な産婦人科医療機関等の一覧を作成」しただけです。一体何を考えているのでしょう?
■マイナカードによる顔認証システムと医療保険
2021年,一部の病医院や薬局でオンライン資格確認が始まりました。オンライン資格確認とは,マイナンバーカード(マイナカード)のICチップまたは健康保険証の記号番号等により,オンラインで資格情報の確認ができることをいいます。
患者さんのメリットは,マイナカードと健康保険証の紐づけをすると,顔認証システムが設置してある病医院・薬局ではマイナカードがあれば健康保険証を持参する必要がなくなり,マイナポータルで自分の特定健診結果や薬剤情報を確認することができることです。
筆者の薬局としては,顔認証はともかくとしてオンラインで資格確認ができるこのシステムのおかげで,保険が変更になった場合や負担割合が変更になった場合の人為的ミスが減り,便益を受けていますし,患者さんの了解があれば特定健診結果や過去の薬剤情報を確認でき,お薬手帳を持参されなかった方のリスク管理にも利用できます。
ただ,マイナカードが多くの情報と紐づけられ情報が1カ所にまとまった場合の情報漏洩のリスクのことを考えてしまうのは,過去にネット通販を利用したサイトからクレジットカードの情報が漏洩した経験があるせいでしょうか。
■いまだに落ち着かない医薬品の流通問題
2020年の小林化工に端を発した医薬品流通の不具合が,4年目に入った今になっても解決に至っていません。薬局の現場にいると,改善の兆しすら見えず,逆に混迷の度合いが増しているようにさえ感じられる今日この頃です。「出荷調整中」という言葉で注文を入れても入荷しない状態が長く続き,ようやく入荷して「やれやれ正常化したか」と思っても,卸業者からは「次の入荷は未定です。入荷次第お届けします」との連絡です。
新型コロナウイルス感染症の流行に伴って,カゼの諸症状の対症療法に用いる解熱鎮痛薬,咳止め,去痰薬などのほか,カゼの初期症状に用いられる漢方薬が全国的に不足する事態になったのは,イレギュラーな状況が重なったため仕方ない面もありますが,丸3年経過しても改善されないのは一体どうしたことでしょう。
朝日新聞デジタル版に5月15〜19日まで,「ジェネリック危機」と題した5回連載の記事が載りました。その中に次のような記載がありました。
「『後発品の使用促進を進めてきたのは政府です。それが拙速ではなかったか,我々も真正面から受け止めないといけない』3月17日にあった医薬品供給に関する会議で,厚生労働省の安藤公一課長は関係者を前に言った。」
3月のこの発言は,この記事で初めて知ったのですが,5月20・21日に開かれた日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会学術集会でも,安藤公一氏は同様の講演を行っています。20年以上にわたって「飴と鞭」を使い,後発医薬品の使用割合(数量ベース)を80%にまで引き上げてきて,この発言か,と薬局仲間は皆唖然としたものです。
そして残念ながら,この供給不足問題の解決にはまだ数年はかかるであろうことだけは確かで,薬局の現場では調達のための労力が今後も減らず,薬剤の変更を余儀なくされる患者さんへの説明に追われる日々が続くことになります。
薬剤師の役目として,薬剤師法の第一条に「薬剤師は,調剤,医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」という条文があります。ですから,薬品の調達にあたふたするのも薬剤師の役目ということなのでしょうか。
流通が流通の役目をきちんと果たしていれば,薬局で欠品が生じた場合は在庫管理が悪いわけで,管理薬剤師の怠慢といわれても仕方ありませんが,注文しても入荷せず欠品となる状況で,現場の薬剤師にその責を負わせるのは本質とずれた話です。
■保険薬価(健康保険での薬の値段)の改定について
従来は2年ごとに行われてきた保険薬価の改定が毎年実施されるようになり,今年も4月から新薬価となっています。例年,ほぼすべての薬品の価格が下げられていたのですが,今回は値上がりした薬品も少なくありませんでした。
薬価収載されている医薬品は約1万9千品目ありますが,1,100品目の医薬品で薬価が引き上げられました(残り約1万8千品目のうち半数は据え置き,半数が引き下げです)。これは「不採算品再算定」といって,保険医療上の必要性が高いものであると認められる医薬品であって,薬価が著しく低額であるため製造販売業者が製造販売を継続することが困難であるものについては,原価計算方式によって算定される額に改定するものです。
実際問題,1錠10円を下回る薬品も数多くあります。昨今では子どもの駄菓子でも10円で買えるものなど滅多にありません。
「先発医薬品を後発医薬品に変更すると薬代が半分になります」といった表現は,ジェネリック医薬品に変更を促すために使用されてきた言葉です。確かにその薬(先発医薬品)の特許が切れて初めて後発医薬品が発売される時点では,その言葉に偽りはありません。しかし,後発医薬品が発売されると当該の先発医薬品も薬価改定のたびに価格が引き下げられます。中には,ついに後発医薬品と同じ値段になってしまった先発医薬品もあります。
レバミピド(先発品商品名:ムコスタ)という胃炎・胃潰瘍治療薬があります。1990年に販売開始されたムコスタ錠100mgの薬価は,筆者の手元にある最も古い本書2002年版では1錠28.6円とあります。
後発医薬品の販売が開始された2009年のデータが反映された2011年版ではムコスタ錠19.3円,後発医薬品のレバミピドはメーカーにより異なり11.7〜14.2円となっています。その後も薬価改定の度に薬価は下がり,2018年版ではムコスタ12.9円,レバミピド(各社とも)9.9円,2020年版ではムコスタ11.8円,レバミピド(各社)は少々上がって10.1円となり,2022年版ではついにムコスタが10.1円とレバミピド(各社)と同じになり,先発品後発品の値段の差がなくなってしまいました。
このようなケースは,今の薬価改定の方式が変わらない限り今後も出てきます。医療保険の計算の仕方として,同じ用法で使われる薬品は1日の薬価としてまとめ,その数字かける日数分として計算します。結果として同じ価格にならなくても価格差が小さい場合,例えば1日1回1錠のケースである薬品のみが処方された場合,薬価24円の先発品と16円の後発品はどちらも1日薬価20円として計算しますので,計算上は価格差なしとなります。このような場合では,ジェネリック医薬品を推奨する意味があるとは思えません。
原材料あるいは製品そのものを輸入に頼っている薬品については,昨今の円安の影響もあり大幅に値上げされたものもあります。ハイゼントラ皮下注という低ガンマグロブリン血症などに使用される注射薬があります。4g/20mL 1筒の製品の薬価は改定前は30,035円でしたが,改定後は40,603円となりました。
■自由診療(自費医療)の世界で
「リベルサス錠」という糖尿病治療薬があります。GLP-1受容体作動薬(内服薬11-01-08参照)に分類される薬品で,一般名はセマグルチドといいます。GLP-1受容体作動薬は,注射薬(自己注射)としては2010年に「ビクトーザ皮下注」が販売開始されて以降,数種類の薬剤が存在します。「リベルサス錠」はGLP-1受容体作動薬としては初めての経口製剤で,2021年に販売開始された新しい薬です。副作用として食欲減退があり,その結果として体重減少が多くの人に現れます。
実際,注射薬のセマグルチドは糖尿病治療薬としては「オゼンピック皮下注」の名称で2020年より使用されてきましたが,肥満症治療薬として「ウゴービ皮下注」の名称で2023年3月に承認されました。
「リベルサス錠」はセマグルチドの経口製剤ですので肥満症に効果があることは理解できますが,現時点では医薬品の効能としては「2型糖尿病」が承認されているだけです。当然,保険診療では肥満症治療薬として使用することはできません。
最近インターネットでダイエットを検索すると,このリベルサス錠が表示されることがあります。「オンライン診療」「月額いくら」「定期配送」などの言葉が並びます。自由診療(保険外の自費医療)であれば医師は何を行ってもよいのか。確かに美容整形やED治療,歯科のインプラント治療と同様であろうとは想像できるのですが,モヤモヤした気持ちになります。
ダイエットといえば,漢方薬に防風通聖散という製剤があります。「代謝を上げて余分な脂肪を燃やす」などとテレビCMで流れてくる小林製薬の「ナイシトール」やクラシエの「コッコアポEX」は,この防風通聖散です。防風通聖散は保険診療でも使用できる製品があり,実際,多く処方されています。
市販薬(OTC薬)で対応できることに保険医療を用いることをいつまでも続けることは医療資源の無駄遣いだと以前から指摘されていることですが,今もってそこに目をつぶっているのが現状です。美容目的で使用されるヒルドイドローションなども同様で,どちらも今現在,保険診療では出荷調整中で本当に必要な人に届かないケースも出てきています。
以前,湿布薬の処方数量制限がなかった時におばあさんが(孫のために)何十袋もリュックに詰めて持ち帰る,といったシュールな光景が薬局店頭ではあったのですが,現在では保険診療で1回に処方できる枚数が制限され,63枚が上限となっています。
■倫理的にどうなのか—薬局と医薬品提供者の関係
この5月16日,大手製薬メーカー第一三共の子会社である第一三共エスファが,大手薬局チェーンの一つであるクオールに株式譲渡されるという発表がなされました。
経済活動として,法律的には問題ない取引でしょうが,医療の観点からすれば,病医院と薬局のそれぞれが経済的には独立して,お互いが依存しない状態であることが求められるのと同様に,薬局と医薬品提供者(製薬会社,医薬品卸)の間もそのような緊張状態があることが求められるのではないかと考えます。
以前から医薬品卸業者が関連会社として薬局を経営することはありました。そのようなことにもモヤモヤ感がしていましたが,製薬会社と薬局が一体化した場合では,大手小売業のプライベートブランドのようなもの,とも言えるかもしれません。これを公共財と言える薬価収載医薬品での私物化と言ったら言い過ぎでしょうか。
■既存薬応用の最近の報告
この5月8日に新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行されました。変異により重症化リスクは減っているとはいえ,年配の者にとって脅威であることに変わりはありません。
そんな中,既存薬での治療の試みは様々行われ,大村智博士にノーベル賞受賞をもたらしたイベルメクチンもその一つでした。結局は,重症化予防効果も副作用低減効果もないことが証明されたのですが,同時にフルボキサミン,メトホルミンが治験の対象として研究されました。
重症化予防効果についてはどちらも否定されましたが,後遺症の発症については,コロナ発症3日以内にメトホルミン服用を開始した場合,後遺症の発症を約41%抑えたことが報告されました。
こういった報告に接すると,地道に愚直に研究を続ける医学者・薬学者に敬意を表したくなります。
2015年9月,インターナショナルニューヨークタイムズ紙に「ある薬の値段が13.5ドルから750ドルに跳ね上がった」とセンセーショナルな見出しの記事が掲載されました。
チューリング・ファーマシューティカルズ社が権利を買い取った,60年以上前に開発された抗菌薬の一種「ダラプリム」を55倍に値上げする,としたものです。ダラプリム(一般名:ピリメサミン)は日本では未承認の薬ですが,医療上の必要性の高い「未承認薬・適応外薬検討会議」に現在「トキソプラズマ脳炎を含む重症トキソプラズマ症の治療および再発予防薬」として要望が出されているものです。
さすがのアメリカでもこのニュースは大反響を呼び,同社のCEOは「アメリカで最も嫌われる人物」と呼ばれるなどバッシングを受け,値下げの表明もしたようですが,実際にいくらになったのかの報道を筆者はまだ目にしていません。
現在の日本では,保険医療で使用する薬品の価格は公定価格で,製薬メーカーが勝手に値段をつけることはできませんので,ありえない話と捉えられる方も多いかとは思いますが,アメリカでは医薬品の価格は製薬メーカーが価格決定権をもっています。例えば,日本でも利尿薬としてよく処方されるラシックス錠40mgですが,その1錠の価格は,日本では2002年に19.5円,2016年に14円に対し,アメリカでは2005年に39セント,2016年に94セントです。
日本では2年ごとの薬価改定で徐々に値段が下がる傾向が強いのに対し,アメリカではさまざまなコスト要因を加味して製薬メーカーが価格改定を行っています。なかには競合相手の製造権を買い取り,合法的に独占販売会社となるケースもあり,最近では冒頭の55倍ほどではなくても数倍から10数倍に上昇しているものが少なくありません。
そんななか,ギリアド・サイエンシズ社からC型肝炎の治療薬,ソバルディ錠,ハーボニー配合錠が発売されました(日本ではともに2015年)。世界各国で発売され,価格は国により異なっていますが,日本ではソバルディが1錠61,799円,ハーボニーが1錠80,171円でした。とても高いと感じる方がほとんどでしょうが,肝炎が肝硬変・肝臓がんに進行するのをストップできるので,トータルで考えた場合,医療費としてはより少なくなると考えられています。
このソバルディの値段,実はこの値段でも英米独と比べると日本が一番安いのです。アメリカは1錠1,000ドル(約11.2万円),イギリスは416ポンド(約6.7万円),ドイツは714ユーロ(約9万円)です(2016年3月30日の為替レートで計算)。
しかも,日本の薬価制度では,予想よりも売れすぎた医薬品の薬価を引き下げる「市場拡大再算定」制度があります(この制度のため,前回の薬価改定で神経因性疼痛の治療薬リリカ錠75mgは167円から125円に引き下げられました)。2016年4月の薬価改定でソバルディもその対象となり,42,239円に下がりましたから,アメリカの3分の1の値段ということになります。
この新薬価が公表された同じ週に,政府はTPP(環太平洋パートナーシップ)協定および整備法案について閣議決定し,国会に提出しています。
そのTPP協定にはISDS(投資家と国との紛争解決)条項があります。今のところ,むやみに訴えられないような規定があるとのことなので,アメリカの企業であるギリアド社から,日本で逸したアメリカでの販売価格との差額を請求される心配は少ないようですが,将来的には心配の種を宿しているように思えます。
■薬とお金(2)--ノーベル賞と薬
2015年のノーベル医学・生理学賞が北里大学特別栄誉教授の大村 智(さとし)博士に授与されました。連日ニュースが流れ,見聞きされた方も多いと思いますが,博士の見出した放線菌から開発されたイベルメクチンは,当初,動物の寄生虫用医薬品として発売され,後にアフリカの風土病であるオンコセルカ症(河川盲目症)の治療・予防に効果があることが判明しました。この時点でオンコセルカ症は,全世界の失明原因の第2位で,治療薬が求められていましたが,患者の大半は発展途上国の貧しい人たちでした。
このとき,さまざまな経緯はあったのですが,開発メーカーのメルク社はヒトでの臨床試験を行い,1988年からアフリカなどオンコセルカ症が蔓延(まん えん)している国々にイベルメクチンを無償で提供するプロジェクトを始めました(この際,大村智博士はヒト用イベルメクチンに関する特許権を放棄しています)。
イベルメクチンは,オンコセルカ症の原因である回虫の一種,回旋糸状虫の成虫を死滅させることはできませんが,成虫が生み出すミクロフィラリアと呼ばれる幼虫(1匹の成虫は長ければ15年生き,1日に1,000のミクロフィラリアを生み出すといわれています)を劇的に減少させることができます。イベルメクチンを年に1〜2回使用することで病気の発生と進行を抑えることができるので,患者は失明の恐怖に怯えなくてもすむようになりました。
ちなみにイベルメクチンは,日本では商品名ストロメクトール,薬価は3mg1錠772.60円,腸管糞線虫症および疥癬(かい せん)の薬として販売されています。海外ではオンコセルカ症治療のための無償提供用はMECTIZAN,それ以外はSTROMECTOLの名称で使用されています。価格はアメリカでは4錠で25ドル(販売する薬局によりクーポン等の利用で10数ドル程度になることが多い),フランスでは4錠18.72ユーロとなっており,こちらは日本が一番高価です。なお,イギリス,ドイツでは未承認です。
■薬とお金(3)--「途上国の薬局」
インドの医薬品特許は,以前は昔の日本と同じく製法特許(医薬品の成分の化合物そのものに特許を認めず,異なる製造方法ならば同じ化合物を製造することができる)でした。つまり,新薬を開発した製薬メーカーが物質特許を有する国では独占販売できる期間であっても,インドではジェネリック医薬品が製造できたのです。
もちろん,インドで製造されたそのジェネリック医薬品は物質特許の国への輸出はできませんが,発展途上国の多くは医薬品の物質特許を認めていませんので,インドは「途上国の薬局」と呼ばれるようになりました。
2002年にインドでも物質特許が認められるようになりましたが,公衆衛生上の観点から,政府が的確な企業に特許医薬品を生産できるように強制実施権を与えることを認めています。
そのためか前述したソバルディについても,ギリアド社がインドの数社の製薬メーカーにライセンス生産を認め,1錠10ドル以下,地方によっては5ドル以下で発売されています。このことは,ある意味,国際間の所得の再分配になるとも言えますし,メルク社のようにイベルメクチンを無償で供与できるケースはごく少ないと考えるのが普通ですから,持続可能な社会貢献のモデルとみることもできます。
また,日本の場合,C型肝炎の治療は大半が公費負担で賄われます。患者さんは月に1〜2万円の負担でソバルディやハーボニーの治療が受けられますので,インドへ行って治療を受けようという選択はないかもしれませんが,1錠1,000ドルもするアメリカでは治療ツアーなどが企画されるのではないでしょうか。
■かかりつけ薬局、かかりつけ薬剤師
さて,2016年4月,2年おきの保険医療の公定価格を定める改定が行われました。そのなかで,「かかりつけ薬局」「かかりつけ薬剤師」という言葉が目につきます。かかりつけ薬局・かかりつけ薬剤師と改めて言われても,いったいどんなものでしょうか?
普通の感覚では,「かかりつけ薬局」と書けば,行きつけの薬局。「かかりつけ薬剤師」と書けば,普段から相談に乗ってくれる薬剤師。言葉のイメージとしてはこれで十分です。もう少し具体例をあげてみれば,処方薬はもちろん,OTC医薬品(一般用医薬品)やサプリメントについても気軽に相談できる,なじみの薬剤師がいる薬局といったところでしょうか。
しかし,このことをフィー(調剤報酬)に絡ませるといろいろ問題点が出てきます。フィーの対象を厳密に定義しなければならないからです。
かかりつけ薬剤師になるためには,次のような条件が決められています。
●薬剤師として3年以上の薬局での勤務経験
●現に勤務している薬局に6カ月以上在籍している
●同一の保険薬局に週32時間以上勤務している
●研修認定薬剤師である
●過去1年以内に医療に関する地域活動の取り組みに参画している
以上をクリアしている「かかりつけ薬剤師」が在籍する薬局において,患者さんがその薬剤師を自分の「かかりつけ薬剤師」であるという同意書を書いた場合に,次回の調剤より「かかりつけ薬剤師指導料」「かかりつけ薬剤師包括管理料」がフィーとして算定されます。ただし,その薬局に複数の薬剤師が在籍している場合,かかりつけ薬剤師以外の保険薬剤師が服薬指導などを行ってもこのフィーは発生しません。患者1人につき,かかりつけ薬剤師は1人のみとなります。
かかりつけ薬剤師が行うべき業務は,現に調剤した医薬品の服薬指導は当然ですが,患者さんが受診しているすべての医療機関を把握して,服用しているすべての処方薬(他の医療機関で投薬されたものも含む),OTC医薬品,健康食品などにも対応することが求められます。
そんな「かかりつけ薬剤師」がいる薬局が「かかりつけ薬局」なのですが,それでは「薬局」とはどう定義されているでしょう。
薬局の大きさは,その最低基準が「薬局等構造設備規則」という厚生労働省令の中に定められています。広さに関する部分を要約すると「面積はおおむね19.8平方メートル以上とし,中に6.6平方メートル以上の調剤室を有すること」とあります。
昔風に言えば,6坪の店舗の中に2坪の調剤室があれば薬局としての最低基準は満たしていることになります。元となる厚生省令が昭和36年に定められたもので,当時はそれだけあれば,薬局が扱うアイテムはほぼ取り揃えることができたということですが,今,厚生労働省が思い描くかかりつけ薬局像(健康サポート薬局)の要件を満たすには,いかにも小さいと言えます。
具体的には,個人情報に配慮した相談スペースの確保としてパーテーションなどで区切られた相談窓口の設置であったり,OTC医薬品,衛生材料,介護用品などを利用者自らが適切に選択できるような供給体制が求められるほか,開局時間であったり,電話などでの24時間対応,地域での医療・介護への連携などが必要とされています。
現在,5万7千軒以上ある薬局のうちどれだけがこの条件をクリアしているでしょう?
■お薬手帳は何のため?
今回(2016年)の健康保険の報酬改定で変わったことの一つに,お薬手帳が関連する「薬剤服用歴管理指導料」があります。
今までは,お薬手帳を持参する自分自身の健康に意識の高い人のほうが,持参しない人より負担金が高くなるという妙な仕組みでした。これは調剤報酬の仕組みが,目に見える形で行った行為に対するフィーという性質が強かったため,お薬手帳に記入・貼付する行為に対してフィーが発生し,持参すると41点,持参しないと32点と,持参しないほうが3割負担で30円安くなるなどと,実際には患者さんの安全を脅かす行為を誘導していたと言われても仕方がないような体系でした。
それが今回の改定で自分自身の服薬履歴など,しっかり管理している意識の高い人を優遇するという理にかなった規定となりました(薬剤服用歴管理指導料が,お薬手帳を持参した場合38点,持参しなかった場合50点となります)。
ただし,この意識の高い人を優遇する制度もすべての薬局で実施されるのではない,ということも知っておく必要があります。今回,かかりつけ薬局・かかりつけ薬剤師という概念を大きく打ち出したなかで,かかりつけ薬局とそうでない薬局との線引きを,薬局の規模であったり,薬剤師の状況(経験,認定資格の有無,当該薬局での勤務状況,有資格者の割合など)で判断し,6段階の調剤基本料(41点〜15点)が設定されました。そのなかで調剤基本点数41点の薬局のみで実施される制度なのです。そして,該当する薬局に過去6カ月以内に調剤してもらった場合にのみ,この優遇策が適用され,それ以外のケースはお薬手帳を持参してもしなくても50点が算定されます。
もっとも患者さんの負担金額は,基本点数と薬剤管理指導点数だけで決まるものではありません。結果として同じ薬を同じ数受け取る場合でも,前項のかかりつけ薬剤師を選定した患者さんのケースでは,かかりつけ薬剤師から投薬を受ける場合とそれ以外の薬剤師から受ける場合で違ってきます。
調剤報酬点数が複雑な仕組みになってしまったためですが,疑問に感じたことはその場で担当の薬剤師に聞いていただくのが一番です。薬局店頭には調剤報酬点数表をよく目につく場所に掲示することが義務づけられましたし,薬剤師には問い合わせには答える義務が生じますので。
■薬をめぐるトピックス
薬局の距離制限規定と違憲判決の話
最近は,憲法改定の話が話題となることが結構ありますが,薬局と憲法に関連する話題をお届けします。
日本において最高裁判所が憲法違反と判断した判例はそれほど多くはありませんが,数少ない例の一つに「薬局の距離制限規定」をあげることができます。
1963年に薬事法の一部改正(薬局がないか極めて少ない地域を解消する目的で)が施行されました。実際には都道府県が条例を定めて,申請された場所の人口や交通事情などを考慮して,知事が薬局開設の許可を与えないことができる,というものでした。
広島県で施行前日に申請した薬局に対し,施行後に定められた条例により(簡単にいえば既存の薬局が近くにあったということで)不許可処分がなされ,それに対して裁判が行われました。その結果,一審と控訴審で判決は異なり,1975年の最高裁判所大法廷での判決で「無薬局地域を解消する目的と手段として薬局の密集地域に規制を設けることは目的と手段が釣り合っていないうえ,開業規制以外で目的を達することができるので合理性が欠け,国民の『営業の自由』を不当に侵害している」ということで違憲と判断されました。
違憲判決後に薬事法は改正され,距離制限はなくなりましたが,それまでの12年間で無薬局地域が減少したのか,その後どうなったのか詳しい資料がありませんので定かではありませんが,薬局自体,民間企業ですから採算が合えば出店するし,合わなければ撤退するのは当たり前で,現在でも無薬局地域は解消されていません。
採算が合わないから出店されないのであれば,採算がとれるように補助をするなり,それなりの方策が必要ですが,そちらは置いてきぼりのままです。
ちなみに「営業の自由」をめぐっては,公衆浴場法の距離制限について裁判がおこされたことがありますが,こちらは公共的施設であると認定され,過当競争を防ぐ意味から合憲の判決が出ています。
さて,距離制限がないこともあり,日本の薬局の数は増え続け,1995年には4万軒以下だったものが,2018年には6万軒近くになっています。
■外国での事情はどうなのか
海外の薬局事情も見てみましょう。
ドイツでは,しばらく前までは薬局の開設者は薬剤師でなければならず,それも一人の薬剤師が開設できるのは1薬局のみでした。今世紀になって,支店を3軒まで認められるようになったのですが,日本のようなチェーン薬局というものはありません。
アメリカの場合,数千から1万軒近い支店を有する超巨大薬局チェーンがいくつかあり,ドイツのような独立店(インディペンデントという)は極少数派となっています。
日本ではここ数年,M&Aなどで薬局の看板が変わる店舗を見る機会が増えてきましたが,大手チェーンでも千数百店舗規模であり,アメリカとドイツの間のような状況です。
アメリカ全土での薬局の数は4万数千軒であり,日本全国の約6万軒との対比で,アメリカでの1軒あたりの規模の大きさや大手チェーンによる寡占化が相当進んでいることがわかります。ドイツでは約2万軒で,人口比から考えると日本の薬局の規模が小さいことがわかります。
薬局の経営ということを考えれば,当然,業務の効率化・不採算部門の切り捨てなど経営に必要な措置を講じることになります。一方インフラとして考えれば,不採算部門の存続をどのような費用分担で行うのかを考えることになります。
例えば,小規模の薬局で医療用麻薬を取り扱えば,かなりの確率で不良在庫が増加する要因となり,他の収益で補填しているのが現状です。麻薬を取り扱うためには薬局の免許のほかに麻薬小売業の免許が必要です。そこで麻薬小売業の免許を取得せず,不採算部門となる麻薬処方せんを受け付けない正当な理由としている薬局もなかには存在します。
規模が大きくなれば問題はないかというと,アメリカのように寡占化が進めば競争はおこりにくくなり,実際,チェーン薬局間での同じ後発医薬品の購入価格に5倍以上の開きがあるとの記事が,数年前のコンシューマーレポート誌で報告されています。正常な価格競争があれば,おこりえない状況でしょう。
日本の場合,保険医療での医薬品の価格は公定価格ですので考えにくいのですが,日本の薬局制度は,そもそもの国としての方向性で「アメリカにならえ」ですので,規制緩和一辺倒の現在の状況が続けば,今のアメリカの状況に近い将来がやってくる可能性は否定できません。
健康サポート薬局と薬局の面積
日本の薬局の規模の小ささは,法律に規定された条件によるものです。
医薬品や薬局関連の法律は「薬事法」に定められていましたが,平成25年に大きく改正され,名称も「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」となりました。この改正された長い法律の名称は通称「薬機法」と呼ばれますが,それに伴って関連の省令(厚生労働省令)があり,その中に薬局の大きさ(広さ)の規定があります。その省令は昭和30年代に作られたもので,19.8平方メートル(いわゆる6坪)以上の面積とその中に6.6平方メートル(2坪)の調剤室を備えれば,薬局としての最低限の大きさを確保できることになり,現在までその部分の改正はなされていません。
その昭和30年代は,医薬分業はほとんどなされておらず,「医者は薬を売り,歯医者は金を売り,薬屋は雑貨を売っている」と揶揄されていた時代です。
いま,国は健康サポート薬局の普及をすすめていて,具体的には常備すべき要指導医薬品を含むOTC薬や衛生材料・介護用品などの取り扱い,パーテーションなどで区切られた相談スペースの設置を求めています。また業務として24時間対応や在宅医療にしっかりと携わることも望まれているので,少なくとも4〜5人以上の薬剤師の勤務が必要です。実際問題として,現在の最低限のスペースの薬局では実現不可能な事柄です。
かつて,日本薬剤師会が1997年に21世紀の薬局像として発表した「薬局のグランドデザイン」という答申がありましたが,その中で必要面積は130平方メートル(約40坪),必要数2万4千軒というドイツの薬局を念頭に置いた数字が出されています。
将来的に,すべての薬局を健康サポート薬局にしようとするなら,早い時期に期限を切って最低限の大きさを具体的に決定し,猶予期間を設けて移行がスムーズに行われるように誘導するべきです。
■高額な新薬
2019年5月に,自家T 細胞治療の薬である「キムリア」が薬価収載されました。注目されていた価格は3,349万円で,すでに発売されているアメリカでは47万5千ドル(約5,000万円)でしたので,3分の2の価格ということです。しかしアメリカの場合,効果があった場合のみ請求する成功報酬型の価格設定ですので,一概に比較することは難しいですね。
さて,このキムリアでも驚きでしたが,2020年2月には脊髄性筋萎縮症*の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」の国内での製造販売が了承されました。アメリカでは2019年5月にすでに承認されており,その価格は212万5千ドル(約2億3千万円)です。とてつもない価格に感じられますが,従来の治療法で10年間継続した場合にかかる医療費は約4億円ということで,その約半額と設定されたとのことです。
(*注:脊髄性筋萎縮症は生まれて半年ごろまでに筋肉の萎縮や呼吸困難が出る難病)
こちらもキムリアと同じく成功報酬型の価格設定ですが,日本の場合はそういった仕組みはできていませんので,キムリア同様の価格設定だとすると1億5千万円ほどとなるのでしょうか?
キムリアもゾルゲンスマも画期的な薬品ですが,遺伝子操作や免疫機能を活用するなど,オーダーメイドで製造するため多くのコストがかかります。そのコストに見合う価格がつけられなければ,私企業である製薬メーカーが開発を続けることはできません。
ただ,こういった希少疾患の治療薬を採算が合うような価格設定にすることは正しいことなのか,時々考えてしまいます。つまり製薬メーカーが開発費を回収してなおかつ利益を上げられるような価格設定では,いずれ医療制度が負担に耐えられなくなる可能性があります。治療薬・治療法の特許などの開発費を公的機関が買い取って公共財として提供し,開発費を除いた製造原価で提供するのであれば…と考えてしまいます。
医療・介護などは,ある程度は社会主義経済の側面をもって運営しなければ成り立たない面があります。
■今の認知症薬のコストパフォーマンスは…
医療費の増大は日本のみならず,高齢化が進む国々での深刻な問題です。
フランスの保険医療では,薬局で患者が薬を受け取る時,一旦費用全額を支払い,後で償還を受ける仕組みになっています。その際,薬の種類により償還率が異なります。
抗がん薬やHIV治療薬のように高価な薬,インスリンのように治療に代替できる方法がない薬は100%償還つまり無料ですが,それ以外の薬品類は必要度の高さ,治療効果が期待できる度合いにより65%,30%,15%の償還となっています。
そのフランスで,昨年(2018年)8月から認知症の薬4種類が医療保険の適用対象から外されました。その4種類とはドネペジル(日本での先発品名アリセプト,以下同),ガランタミン(レミニール),リバスチグミン(イクセロン,リバスタッチ),メマンチン(メマリー)で,日本ではいずれも保険治療の対象となっています。フランスの衛生当局はこれら4種類の薬を「効果は高くない割に副作用が多く,薬の有用性が不十分」と判断したわけです。もともと償還率は15%の「ある程度の治療効果を持つ薬品」に分類されていたので,もし日本で健康保険から外れた場合の影響と単純に比較することはできませんが。
それで思い出したのは,日本で20年以上前に脳代謝賦活薬というくくりで認知症に大量に処方されていた何種類かの薬です。ある日,厚生労働省からの通知が県や薬剤師会を通してファクシミリで流れてきました。脳代謝賦活薬である4種類の薬品が「本日からは薬ではない」という旨の連絡でした。当時の本書の著者,木村繁が「“溺れる者は藁をもつかむ”の藁程度の薬である。藁の薬には藁の値段を」と講演していたのを筆者は思い出します。
その当時,アリセプトは確かに効果が認められる薬として既にアメリカで市販されており,しかも日本の製薬メーカーが開発したものが日本では手に入らないということにもどかしさを感じたものです。それがフランスの判断とは言え,コストほど効果が認められないとされてしまったのですから。
そんな中,テレビや週刊誌でも報道されたので,ご存知の方も多いと思いますが,リファンピシンという薬に認知症予防薬としての可能性があることが報告されました。
リファンピシンは抗結核薬として開発され,その後,ハンセン病にも使われるようになった薬です。ハンセン病患者の方たちが高齢になっても認知症を発症する頻度がとても少ない,という論文が1992年に報告され,そのことに着目した富山貴美氏(現大阪市立大学教授)が,ハンセン病患者が長期服用していた薬品類の中から,リファンピシンに当時アルツハイマー病の原因と考えられていたアミロイドβの蓄積を抑制する作用があることを報告したのは1994年のことです。
その後,アミロイドβのオリゴマー(アミロイドβなどのタンパク質が2〜数個の集合体)やタウのオリゴマーが認知症の原因と考えられるようになりましたが,リファンピシンはこれらのオリゴマーの形成を抑える作用があることもわかりました。
認知症モデルのマウスに予防的にリファンピシンを投与する動物実験では,投与していなかったマウスの認知機能は悪化しましたが,投与されたマウスは正常のマウスとほぼ同程度の記憶力を示すことが明らかになりました。また,投与時期の検討から,マウスが若いうちから投与すれば,その時期が早いほど少量で大きな効果が得られることも判明しています。
リファンピシンが認知症の予防薬として承認されるためには人による臨床試験が必要ですので,今日明日という訳にはいきませんが,こちらはかなり期待が持てる状況です。
■既存薬再開発
さて,このリファンピシンのように,既にある医薬品から現在の適応症以外の疾患に有効な薬効を見つけ出すことを既存薬再開発(Drug Repositioning)といいます。すでに安全性試験や薬物動態試験などはクリアしていることなどから,研究コストの低減・開発期間の短縮などが期待できます。
医薬品は化学物質であり,生体にさまざまな作用をします。人体にとって都合の良い作用を主作用(効能)とし,それ以外を副作用と呼んでいますが,副作用の中には他の疾病の治療に役立つ作用となる可能性もあるのです。
サリドマイドは,当初は睡眠薬として開発されましたが,妊婦が服用すると胎児に四肢奇形の副作用が生じることから姿を消しましたが,今日では多発性骨髄腫の治療薬として,厳格に管理された状態で使用されています。また,シロスタゾールは抗血小板薬として広く使用されていますが,軽度認知症への適応に関する臨床試験が現在行われています。
■医薬品における国としての危機管理
手術時の感染予防に第一選択薬として用いられている抗生物質のセファゾリン(注射製剤,本書の対象外)で,2019年2月末,約60%の市場シェアを占めていたメーカーである日医工からの製品供給が止まりました。他社の供給量が急に増加できる状況になく,4月現在では代替薬となる他の抗生物質の注射薬も流通制限がされている状態です。
日医工からの医療機関向け案内によれば,原薬の品質が製品製造に適さないものとなり,供給再開の目途が立たない状況であるとのことです。この原薬の製造元は国外であり,簡単には状況改善はなされないようです。
この日医工のセファゾリンは実は後発医薬品なのですが,販売数で先発医薬品のセファメジンαを圧倒していて市場占有率が高い製品だったため,大きな影響が表れたのです。
原薬の品質の問題で製品である薬剤の供給が止まるのは,今回のセファゾリンが初めてではありません。多くは後発医薬品でおきていますが,先発医薬品でもおこる話です。
腱鞘炎や外傷後の疼痛に広く使用されていたモビラート軟膏は,2007年に原薬の一つ「副腎エキス」の品質不適で輸入が止まり,販売中止となりました。後発薬が何種類かあり,しばらく代替薬として続いていましたが,各社とも原薬の供給が止まるとともに販売中止となりました。現在では2015年に新たな原薬供給先を開拓して製剤の供給を再開したゼスタッククリームがありますが,以前のように多くは処方されていません。
2012年に5社から販売されていた高血圧治療薬のシルニジピン(先発品名:アテレック)の後発医薬品のうち4社が原薬の供給が得られないため一時中止(2015年に再開)となったのは,4社の原薬供給先が同じであったことが原因です。同様のことが,2018年にシンバスタチン(先発品名:リポバス)でもおこっており,こちらも複数の後発薬メーカーの製品が販売中止となっています。
上記のことと同列に扱うことが適当かはわかりませんが,2011年の東日本大震災の際,チラーヂンSを製造する工場が被災し,この商品がレボチロキシン製剤の90%以上のシェアを占めていたこともあり,供給再開までには後発薬である海外製品の緊急輸入がされたほか,患者への処方日数制限が行われたりしました。この時は,製缶工場の被災により,経腸栄養剤のエンシュアリキッドの供給も大幅に減少し,こちらも海外製品の緊急輸入が行われました。
東日本大震災のケースではかろうじて綱渡り的に供給が続きましたが,今回のセファゾリンの場合は病院から悲鳴が上がっています。医薬品の場合,供給が止まることは命に直結する可能性が高く,ほかの商品と同列に扱うべきではありません。経済効率を考えなければならない民間企業と市場原理にすべてを任せるのはどんなものでしょう。農産物の多くを海外に依存する危うさと同様に,基礎的医薬品の原薬をすべて海外製品に委ねる危うさを国として認識するべきです。
■COVID-19と既存薬再開発
COVID-19(新型コロナウイルス)感染症対策が残念ながら後手後手に回り,感染者はほぼ全国に現れ,その数字自体,検査が追い付いていない状況から少なく出ているであろうと多くの人が思っている中,店頭からマスクや消毒用エタノールが消え,おまけにデマでトイレットペーパーまでなくなった2020年3月に,このトピックスを書いています。
新しく現れたウイルス感染症に対して,治療法を確立することは容易ではありません。抗生物質・抗菌薬と呼ばれる薬品群は細菌に対してのものであり,ウイルスには効果はありません。わが国ではいまだ風邪の時に抗生物質が処方されることが多いようですが,細菌性の肺炎・気管支炎などがなければ無意味な,もっと言えば有害な処方です。風邪の原因の大半はライノウイルスや(新型ではない)コロナウイルスと言われています。そして,風邪の治療には安静と栄養が第一で,いわゆる風邪薬と言われるものは症状を抑える対症療法でしかありません。
さて,実際の医療現場では,RNAウイルスであるCOVID-19に対して同じRNAウイルスであるインフルエンザウイルスやエイズウイルスに効き目がある抗ウイルス薬を治療に用いて効果があったとの報告がされ,わが国でも重症の患者さんにはすでに使用されています。また,軽症の患者さんを対象に臨床試験が実施されることが3月1日に新聞報道されました。
これは本書の2019年電子版のトピックスで紹介した,既存薬再開発(Drug Repositioning:既にある医薬品から現在の適応症以外の疾患に有効な薬効を見つけ出すこと)の緊急時の応用版と言えます。安全性試験・薬物動態試験などをクリアしている既存の薬ですので,効果の有無さえ判定できれば医療現場ではすぐにでも実際の治療に用いられます。
3月3日にはCOVID-19感染症確定患者を受け入れている神奈川県立足柄上病院の岩渕医師らのグループから,シクレソニド(製品名オルベスコ:ぜんそく治療の吸入ステロイド薬)を初期から中期のCOVID-19肺炎患者3名に投与して良好な経過をたどっているとの報告がなされました。
どういった経緯でシクレソニドに抗ウイルス作用がありそうだと判明したのかは報告には書かれていません。肺炎の対症療法として使用した結果,浮かび上がったのでしょうか。ぜんそく治療薬としての吸入ステロイド薬は,シクレソニド以外にブデソニド,ベクロメタゾンプロピオン酸エステル,フルチカゾンプロピオン酸エステル,フルチカゾンフランカルボン酸エステル,モメタゾンフランカルボン酸エステルの5種類が承認されていますが,シクレソニド以外には抗COVID-19ウイルス作用はないようです。
3月11日にWHOがパンデミックを宣言し,このトピックスが出版される時までにCOVID-19感染症騒動が治まっているとは希望的観測としても難しいと思われますが,全体像はもう少し判明しているでしょう。
■自閉症スペクトラム障害治療に利尿薬
機能性表示食品のCMがよく目につきます。その中に「睡眠の質(眠りの深さ,すっきりとした目覚め)の向上に役立つ機能があることが報告されています」とされたGABA(ガバ)(ガンマアミノ酪酸)を100mg含有した商品があります。GABAは神経伝達物質の一つでストレスを和らげ,脳の興奮を鎮める作用があります。この脳に対して抑制的に働く作用は大人における作用で,胎児や乳児の脳では興奮性作用を示すことがわかっています。
このGABAの機能の切り替えがうまくいかずにバランスが崩れ,神経発達障害の起因になるという示唆があります。
2020年1月の“Translational Psychiatryオンライン版”に,自閉症スペクトラム障害(ASD)の幼児の治療に利尿薬の一種ブメタニドが用いられ,症状を改善することが報告されました。GABAの減少により脳機能を改善し,ASD症状を緩和するとされています。ASDの乳幼児への治療法は今のところ行動療法しかありませんので,薬物治療ができることとなれば朗報です。
実はこのブメタニド,2015年にはダウン症候群の認知・記憶障害に効果がある(モデルマウスによる動物実験)との報告もあり,精神神経疾患への応用がいろいろできる医薬品なのかもしれません。
■サプリメントやビタミンのこと
上記のGABAをサプリメントとして摂取している人もいると思います。それでコマーシャルのように良い睡眠がとれる方は問題ないと思いますが,特に小さい子供では興奮してしまう可能性があります。飲ませない,飲むところを見られないなどの注意が必要です。
ビタミンは五大栄養素の一つであることは小学校5年生の家庭科で学習し,水溶性ビタミンと脂溶性ビタミンがあることなどを中学校で学習します。その時に,脂溶性ビタミン(ビタミンAやビタミンD)には過剰症があるので注意しなければならないこと,一方,水溶性ビタミンは必要以上に摂取しても尿中に出て行ってしまうということを記憶された方も多いと思います。
ビタミンAは大量に摂取した場合には悪心や嘔吐・頭痛や顔の紅潮といった症状が,慢性的に過剰が続くと体重の減少や甲状腺機能低下がおきます。妊娠中の過剰摂取は催奇形性の可能性があり禁物です。
ビタミンDの過剰症では,高カルシウム血症や,それに伴い体内にカルシウムが沈着し腎結石など様々な症状が現れます。
水溶性ビタミンとは,ビタミンB群,ビタミンCで,ビタミンB1の欠乏症は「脚気」,ビタミンCの欠乏症は「壊血病」が有名ですが,ビタミンB12では,欠乏すると貧血や神経症状が現れることが知られています。
そんな水溶性ビタミンには過剰症はないというのが常識でしたが,最近,オランダにて実施された研究でドキッとする報告がありました。
透析患者や慢性腎臓病患者で,ビタミンB12の血中濃度が高いと死亡リスクが増えることは知られていましたが,一般成人5千人以上をビタミンB12の血中濃度で4つのグループに分けて12年間追跡調査した結果,血中濃度のいちばん高いグループはいちばん低いグループに比べ死亡リスクがほぼ倍だった,というものです。
この研究では,血中濃度の高さがサプリメント摂取によるものかどうかの記述はありませんが,女性7万人以上が参加した研究では,ビタミンB12のサプリメント摂取と股関節の骨折リスクとの関連性が示されています。
■薬価改定
今年2020年は2年に一度の薬価改定の年に当たりました。
実は2019年10月に消費税が8%から10%に上がった際,これは前回の薬価改定から1年半の時点でしたが,薬価改定がありました。消費税増税分が値上げになった薬品もありましたが,1年半分の実勢価格との差があり,薬価据え置きや値下げになった薬品のほうがほとんどでした。
今回は半年分の改定ですので,あまり変わらないのでは思っていたのですが,発表された4月からの薬価は数%下がったものが多い印象です。なかには新たに効能が追加され適用患者の増加が見込まれることで37%引き下げられたゾレア(アレルギー性鼻炎などの注射薬),予想された使用量よりも多く使われたことで25%引き下げられたリクシアナ(抗凝固薬)などもあり,全体として4.38%の引き下げとなりました。
日本全体の薬剤費はどうなっているのでしょう?
医療費全体で40兆円を超すようになって何年か経ちますが,その中で薬剤費の占める割合は20%程です。手元にある資料で確認できるいちばん古い1993年度の総医療費は約24兆円で,薬剤費はその28.5%で約7兆円ありました。当時は2年ごとの薬価改定で10%以上の切り下げもあり,全体に占める薬剤費の割合は1999年度にはいったん20%を下回りました。しかしそれ以降は20〜22%とほぼ横ばいで,総医療費が増加している分,同じ割合で薬剤費も増加しています。
その間,実際の薬価がどう変化したか,手元にデータがある2001年度の薬価と2020年度の薬価をいくつかの薬で比べてみます(表)。
表では,上段に先発品,下段にそのジェネリック(後発品)を並べています。どの薬も先発品そのものの価格が半額以下になり,ジェネリックに置き換えられていれば,2001年時点ですでにジェネリックが出ていたロキソニンを除き,元の価格の10〜20%に下がっています。しかもジェネリックの使用率は80%に届こうかとしています。
ここに挙げた例以外でも全体的に薬品代は下がっているにもかかわらず,年間の薬剤費は薬価改定の年には下がることもありますが,着実に増加しています。65歳以上の高齢者は20年前に比べて1.6倍になるなど日本の高齢化率は30%目前ですし,薬を必要とする人の数は増加しているとはいえ,これだけ薬価が下がっているなら,薬剤費も下がってもよさそうですが,実際にはより高価な新薬が,減少した分の穴埋め以上に増えています。
免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボやC型肝炎治療薬のソバルディのように画期的な新薬が出た時には薬剤費が増加しても仕方ないと思いますが,毎年そんなに画期的な新薬が開発されてくるわけではありません。今ある薬で対応できない場合だけ使えばよい程度の新薬が,今までの薬と置き換わっていくのをしばしば目にします。これを「新薬シフト」と言います。
医師には今までの安価な薬を高価な新薬に切り替える時には,経済面も考慮して処方してもらいたいものです。
●保険薬価の比較(2001年と2020年)
製剤名 2001年 2020年
ロキソニン60mg 28.9 13.4
ロキソプロフェンナトリウム60mg 13.5〜17.8 5.7〜9.8
アムロジン5㎎・ノルバスク5mg 98.9 38.0
アムロジピン5mg — 10.1〜15.2
ガスター20mg 77.6 25.3
ファモチジン20mg — 10.1
タケプロン15mg 156.4 57.6
ランソプラゾール15mg — 23.0
リピトール10mg 181.6 81.1
アトルバスタチン10mg — 19.4〜29.2
アレグラ60mg 117.5 52.5
フェキソフェナジン60mg — 15.3〜27.9
*単位:円
■アスピリンの話題
「アセチルサリチル酸」という医薬品があります。現在のわが国では「アスピリン」の名称が日本薬局方(法律に基づき,医薬品の性状及び品質の適正を図るために定められた医薬品の規格基準)での一般名となっていますが,この「アスピリン」,元々はドイツのバイエル社の商品名でした。世界で初めて人工合成された医薬品で,19世紀末に臨床応用されるようになりました。
アメリカの薬局方には「アスピリン」の名称が,ヨーロッパ諸国の薬局方では「アセチルサリチル酸」の名称が採用されています。筆者が薬学生だった半世紀前に有機化学の実習で合成したのですが,そのころの日本薬局方の一般名称は「アセチルサリチル酸」だった記憶があります。
そのアスピリン,解熱鎮痛薬としてOTC薬(市販薬:薬局・ドラッグストアなどで販売される薬,代表的なものはバファリン,バイエルアスピリン)で販売されていますが,医師が鎮痛剤として処方することは現在の日本ではほとんどありません。保険医療で使用できるものとして錠剤はバファリン配合錠A330(及びそのジェネリック薬)があるのですが,筆者の薬局では十年以上処方を受けつけたことがありません。
現在では,医師が処方するアスピリンは川崎病など特殊なケースを除き,ほぼ抗血小板作用を期待して使用しています。
実は,アスピリンの血小板に対する作用としては,用量の多少によって血小板凝集を抑制する,あるいは促進するという相反する作用が現れ,アスピリン・ジレンマと呼ばれています。
抗血小板療法の臨床試験では高用量(500〜1500mg/日)と低用量(75〜150mg/日)で効果に差がなかったことから,低用量(75〜150mg)が推奨されています。
鎮痛薬としての用量(1回500〜1500mg,1日1〜4.5g)では血小板凝集を促進する作用が現れるとされていますが,どのあたりにその境目があるのかはしっかりしたデータがないようで,OTC薬のバファリンの使用上の注意には「出血が止まりにくい」などと記載されています。
さて,低用量アスピリンは狭心症・心筋梗塞・脳梗塞を起こした人の血栓・塞栓形成の抑制,心臓手術(冠動脈バイパス術など)後の血栓・塞栓形成の抑制に用いられます。多くの人が服用を続けるわけですので,それらの方々のその後を調査した臨床研究が多くなされ,その1つとして大腸がんのリスクを低減することが示されていました。
また,B型肝炎やC型肝炎の患者は肝細胞がんになるリスクが高いことが知られていますが,低用量アスピリンを服用し続けることで,その発生リスクと死亡リスクがともに約30%低下するという結果も示されています。
当然,健康な高齢者に低用量アスピリンを続ければもっと健康で長生きできるのではないかとの治験も行われたのですが,低用量アスピリンによる発がんリスク低下は認められず,かえってがんに起因する死亡率は上昇したという結果が報告されています。
このようにアスピリンの作用はいろいろと報告がされていますので,今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においてもイスラエルで1万人規模の調査研究が行われました。結果は,低用量アスピリン服用者では新型コロナ感染リスクが約30%低いこと,また,感染した場合はPCR検査で2回の陰性結果が出るまでの期間が2日短いことが判明しました。
だからと言って,新型コロナウイルス感染症の予防として普段からアスピリンを服用し続けるという選択肢は考えられませんが,感染が判明した時点から服用を始めたケースで臨床試験をしてほしいと思います。
■新型コロナの薬について
2021年4月時点で,新型コロナウイルス感染症に対して効能を認められた医薬品(薬価収載された医薬品)は以下の3種類にとどまります。
・デキサメタゾン(製品名デカドロン:ステロイドの一種で効能に重症感染症(化学療法と併用する)がある。他のステロイド製剤にも同様の効能はあるが,新型コロナウイルス感染症に対する使用が公的に認められているのはデカドロンのみ)
・レムデシビル(製品名ベクルリー点滴静注液:抗RNAウイルス作用があり,エボラ出血熱の治療薬として開発が進められていた。エボラについては治験段階で,医薬品として承認はまだされていない)
・バリシチニブ(製品名オルミエント:関節リウマチ,アトピー性皮膚炎の薬として既存)
当初期待されていた薬品4種類(レムデシビル,ヒドロキシクロロキン,ロピナビル・リトナビル配合剤,インターフェロンβ-1a)の臨床試験がWHOを中心に行われました。しかし,レムデシビルを除く3種類の薬の臨床試験は,数カ月の試験で「院内死亡率の低下,人工呼吸器装着の抑制,入院期間の短縮」のいずれも認められず,治験は中止されました。
また,前回の「薬をめぐるトピックス」でシクレソニド(製品名オルベスコ)について書いたのですが,こちらに至っては,新型コロナ無症候・軽症者90例を対象に同剤の有効性・安全性を検証した結果,他の対症療法群に比べ肺炎が増悪する率が高いことが示され,無症状・軽症の新型コロナ患者に対するシクレソニド吸入剤の投与は推奨できない,との結論でした。
ファビピラビル(製品名アビガン:抗インフルエンザウイルス薬)は実際に当初より使用され,1年前に当時の安倍首相が「(2020年)5月中の承認を目指す」と発言するなど,かなり期待されるような報道もなされてきました。実際には5月に例外的に承認されることはなく,臨床試験を実施して10月に新型コロナへの適応拡大を申請しましたが,12月に「現時点のデータから有効性を明確に判断するのは困難」と,承認の判断は見送られました(明らかに効果があるというデータが出なかったということです)。
製造元の富士フイルム富山化学株式会社は,2021年4月から「重症化リスク因子を有する発症早期のCOVID-19患者(発熱などの症状発現から72時間以内,かつ基礎疾患や肥満などの重症化リスク因子を有する50歳以上のCOVID-19患者)」を対象に新たな臨床試験を開始し,10月終了を目指すとしていますが,今までの結果から,ごく限定的な効果の医薬品で,残念ながら特効薬とは言えない現状です。
既存薬で同様の限定的ながら効果が認められると発表があった薬品がコルヒチン(痛風発作の緩解及び予防,家族性地中海熱が適応の薬)です。こちらは診断時に入院が不要と判断された40歳以上の患者さんのうち重症化リスク(70歳以上,肥満,糖尿病,高血圧,呼吸器疾患,心臓疾患,48時間以上続く発熱など)がある場合が対象で,その後の入院・人工呼吸器装着・死亡について比較したものです。30日後の経過比較で,コルヒチンを投与された患者の方が25%リスクが低いというものでした。
いずれにしましても,現時点で新型コロナウイルスに対する特効薬はありません。感染しないようにするのが最良の防御法です。
■コロナワクチン
新型コロナウイルスに明け暮れた1年でしたが,筆者が住む名古屋市でも新型コロナウイルスワクチンの接種がようやく始まった5月初旬にこの原稿を書いています。
名古屋市においても,高齢者から接種の案内が届くようになったのですが,最初に75歳以上に申し込み書(クーポン)が配布され,その数日後に65歳以上にも届けられました。申し込みは電話とインターネットで受け付けられていましたが,回線の用意が少なく,電話はほぼつながらない状態。ネット経由は使えない方も少なくなく,家族や若い知人を経由して早めにつなげた人はラッキーだったなど,市民は振り回されている状況です。
どう考えても,自治体(ここでは名古屋市)の対応が悪かったと思ってしまうのですが,そもそも国・厚生労働省が接種の方法を地方自治体に丸投げし,ワクチン供給の目途も示すことができない中で地方自治体にシワ寄せが行き,結果として国民が尻拭いをさせられている構図です。
「想定外」という言葉が東日本大震災のときには繰り返されましたが,最悪のケースを想定せずに物事を進めてしまう日本の政治の悪い面が全部出てきたように感じます。1年以上経過してこの手際の悪さですから,国民はもっと怒ってよいと思います。
筆者自身は5月1日に医療関係者枠で1回目の接種を済ませたところですが,当初の説明では3月中に全医療関係者に接種が終わっている予定でしたので随分と遅れています。そして信じられないことに,病院の医療職や救急隊員など筆者よりもリスクが断然高い人たちへの接種がまだされていないなどの報道があります。
実際,医療職への接種率は読売新聞によれば,4月末までに2回の接種を完了した人は対象となる約470万人のうち20%にとどまるとのことです。1回目の接種も遅れがちで,都道府県別で62〜31%であるとあります。自身は接種を受けられずに予防接種の業務にあたるなど,なんのコントかと思います。
厚生労働省のホームページには,早期に接種する医療従事者等に該当する職種が例示されていて,最後に「医療従事者等の方は,個人のリスク軽減に加え,医療提供体制の確保の観点から接種が望まれますが,最終的には接種は個人の判断です。接種を行うことは,強制ではなく,業務に従事する条件にもなりません」と書かれています。
確かに強制接種はできませんが,過去のワクチン施策の失敗を引きずって個人の責任に転嫁しているようにしか見えません。最終的には個人の判断でも,結果として重大な副作用に見舞われたときには国家が責任をもって保証する類のものと考えます。
■自動販売機による医薬品販売の実証試験
2021年4月,国(経済産業省・厚生労働省)が自動販売機による医薬品販売の実証試験を認定しました。3カ月以内の期間限定で東京都の品川駅構内のコンビニエンスストアでOTC販売機を設置して実証試験を行うとあります。
薬局やドラッグストアがない地域に設置して実証試験を行うのなら理解できますが,便利な地域に設置して何を目的としているのか見当もつきません。どういった医薬品を販売するのかもはっきりしませんが,今の法律上の区分で第3類医薬品,第2類医薬品が対象だと考えられます。
顔認証機能を付けて同一人物が同一医薬品を連続して購入できないように制限する,とありますが,インターネットで医薬品が購入できるようになったとき,未成年者による「ブロン液」の大量購入がなされ,依存症・家庭崩壊などと組み合わさった報道がされていました。今回の自販機による医薬品販売でも,残念ながら同様の事件がおこる将来しか思い浮かびません。
それを防ぐには顔認証機能をマイナンバーカードと紐づけ,購入履歴を記録する必要性が生じると思われますが,それはそれで個人情報の観点からは疑問符が付きます。
2021年3月の協会けんぽ(全国健康保険協会)からのお知らせに「2021年3月からマイナンバーカードが保険証として利用できるようになります!」との告知がありました。筆者の薬局でも機器をそろえ回線を整えて準備をしてきましたが,5月現在も利用可能となっていません。
新型コロナ対策などで急遽行われる政策では走りながら考えることも必要でしょう。それでも見るも無残な「アベノマスク」は言語道断ですが,マイナンバーカードなどはもう何年も前から継続的に行われてきたことなのに,普及を目的にポイント還元とか今回の保険証として利用できるようになるとか,思いつきでやっているとしか思えません。壮大な無駄遣いとならないように,青写真をしっかり描いて進めて行ってほしいものです。
■医薬品の流通問題
2021年12月,テレビのニュースにも流れ,新聞各社も報道しましたので記憶にある方も多いと思います。筆者の地元の中日新聞は12月7日の朝刊1面トップで「ジェネリックが足りない」の大見出しで伝えています。
発端は2020年に小林化工が製造した経口抗真菌薬:イトラコナゾール錠50「MEEK」を服用した患者からの副作用の訴えでした。意識消失や傾眠の訴えがあり,運転中に意識が薄れて交通事故をおこした人もいました。
製造過程で睡眠導入剤が混入したことが原因とされましたが,そもそも絶対にあってはならないことであることは言うまでもありませんし,考えも及ばない出来事でした。
医薬品は品質規格が定められており,それに適合することが当然のことですが,その製造過程も適切に管理される必要があります。そのため,医薬品はGMP(Good Manufacturing Practice;医薬品の製造管理及び品質管理の基準)に適合した工場での製造が義務づけられています。
このことが順守されていれば,おこらなかった事故であることは明白ですが,実際には事故はおこってしまいました。ヒューマンエラーが積み重なった結果であり,筆者は1999年に東海村でおこった臨界事故を思い出しました。どんな最新の設備が整っていても,しっかりしたマニュアルがあっても,それを操作するのは神ならぬ人間であり,間違いを犯す存在であることを再認識しました。つまるところ,間違いを犯しても重大な不具合が生じないように制度を設計するしかない,ということです。
小林化工のこの事故がきっかけで各製薬メーカーが自己点検を行ったところ,不備があるメーカーが続出しました。製造過程の変更の届けを出していなかったなど,品質や安全性には問題がないケースが大半でしたが,不備のまま製造を続けることはできませんので,製造過程の見直しなどが相次ぎ,予定通りの製造ができずに出荷が遅れることになりました。また,品質に問題がある医薬品は当然回収が行われ,今まではその分は他社が補うことで事なきを得ていたのですが,今回は対象医薬品が多すぎて全体としての供給不足も生じ,類似した成分の薬に変更を余儀なくされるケースも相次ぎました。
他の薬で代替できるケースはまだ良いのですが,中には他の成分に変更が難しいものもあります。てんかん発作を予防するため毎日の服用が必要なバルプロ酸ナトリウムという薬は,銘柄を変更する(先発医薬品・後発医薬品を問わず)とコントロールが難しいため,変更は推奨されていません。医薬品の規格基準には適合しても,個人個人での吸収のされ方が銘柄により違いがあり,血中濃度が同じにならないためと言われています。
それでも他の成分の薬に変更するよりはリスクは少ないので,バルプロ酸ナトリウム製剤の取り合いが始まり,結果として製薬メーカーの出荷調整が行われることになってしまいました。出荷調整とは過去(例えば半年間)の納入実績から計算される量しか配荷されない状況で,新しく該当の医薬品が処方された患者さんを受け付けることができないようになってしまいました。
カルボシステインという薬では大手の後発品メーカーの製品が回収となり,先発品メーカー(製品名ムコダイン)にも注文が殺到しましたが,最近ではカルボシステインの中でのムコダインの市場占有率は10%程度に過ぎず,こちらも出荷調整となっています。この十数年で国が後発医薬品への変更を後押しする制度を推進していましたので,当然の結果です。製薬メーカーとしてもいきなり製造量を倍にすることは他の医薬品の製造にシワ寄せが行きかねず,そもそも原薬の調達も右から左という訳にもいきません。
国は後発医薬品への転換を推進しておきながら,品質については製薬メーカーにお任せにしてきました。GMPにのっとった方法で製造されていれば,当然このような不祥事はおこらないので国には責任はない,と言うかもしれません。法律的には確かにその通りかもしれませんが,国は今回のような事件がおきることを十分予測できたはずです。残念ながら,このような事件は今回が初めてではなく過去に何度も発生しており,そのたびに業務停止○○日といった行政処分が課されてきました。
筆者の記憶に残る新聞沙汰になった最初の事件は,1994年,当時の大洋薬品工業が去痰薬の包装に抗がん薬を誤って封入してしまったものです。見た目が異なっていたため実際に患者さんに渡る前に回収が行われていますが,工場から出荷はされていましたので,かなり際どい状況だったと思います。
このような不祥事をおこして,以後は反省して優良工場になっていれば,まだめでたしめでたしなのですが,その後も承認内容と異なる原料を使用したり,ファモチジンの成分含量が120%の製品と80%の製品を出荷したりで,その都度,回収をしています。
製薬メーカー内で品質管理がおざなりになる可能性があるのならば,抜き取り検査をするなど,製薬メーカーに緊張感を持って運用するようにもっていくのが国の役目だと思います。
■リフィル処方箋
2022年4月から,日本でもリフィル処方箋が導入されました。
本書で海外評価の基準としているイギリス・アメリカ・ドイツ・フランスの4カ国中,ドイツ以外ではすでに活用されており,他にもカナダ・オーストラリアなどで導入済みです。アメリカ(州によって異なるが)では70年以上の歴史があります。
対象となる患者さんは各国それぞれで,特に規制のない国から,症状の安定している慢性疾患患者や経口避妊薬服用患者などに限られる国まであります。
日本においては今回「医師の処方により,薬剤師による服薬管理の下,一定期間内に処方箋の反復利用が可能である患者」が対象となっています。処方日数や数量に制限のある薬品は対象外で,これには睡眠薬や精神安定薬のような向精神薬,麻薬,湿布薬などが該当します。
この制度は以前から中央社会保険医療協議会(日本の健康保険制度や診療報酬の改定などについて審議する厚生労働相の諮問機関)で検討されてきました。この協議会は支払側委員(保険者)7名,診療側委員(医師会など)7名,公益委員(中立)6名から構成されており,医師会の反対で今まで実現できないでいましたが,今回のコロナ禍で電話診療が認められたことも後押ししたのでしょう。
今回,処方箋にはリフィルを可とするチェック欄がつけられます。
「 リフィル可 □( 回) 」
このチェック欄に医師がチェックし,利用できる回数(2回もしくは3回)を記して初めて,その処方箋がリフィル処方箋として有効になる仕組みです。
今までも診察を受けずに薬だけ(処方箋だけ)を受け取りにクリニックに通う患者が存在していました。本来,医師は診察をして初めて処方が可能となるわけですから,診察を受けずに処方される状態はそもそも違法ですし,それを回避するために建前上受診した形をとるためには,当然診察に関する料金が発生します。初診料・再診料・処方料などです。
これがリフィル処方箋となればなくなるわけですから,医療費の面から考えれば減ることになりますので,国としては是非導入したい制度なわけです。
「薬だけ受診」という制度上認められない「診察を受けずに薬を受け取る」状態や建前上制度に合わせるための形だけの受診などをなくすことは,患者の通院負担も減少しますから客観的に理屈に合った方策だと思います。
しかし病医院としては,受診が減ればすなわち収入が減ることになりますから,積極的にチェックするとは思えません。今回はとりあえず制度を導入して,次回以降にリフィル処方箋の発行数に応じて多く発行する病医院に有利となるような修正がなされ,患者さんの間でリフィル処方箋の便利さが浸透した後で,リフィル処方箋の発行数が少ない病医院に不利となるような修正が行われるのではないでしょうか。後発医薬品の普及にあたり制度変更が繰り返されてきた経緯からの類推です。
そもそもリフィル処方箋と類似した制度として「医師の指示による分割調剤」があります。
例えば90日分の処方を3分割でとの指示がある場合,医師から患者さんが受け取る処方箋は分割内容を記した3枚の処方せんと「分割指示に係る処方箋(別紙)」の4枚となります。最初に受け付けた薬局では1枚目の処方箋の指示に従い30日分を調剤して患者さんに渡す形になります。その際,薬局は(別紙)に受け付けた旨を記載し,4枚とも患者さんに返却します。2回目は,患者さんは4枚セットで持参します。薬局は2枚目の指示に従って30日分を調剤して患者さんに渡し,(別紙)に2度目を受け付けた旨を記載し,4枚とも患者さんに返却します。3回目,患者さんはやはり4枚セットで持参します。薬局では3枚目の指示に従い30日分を調剤します。このすべての調剤が終了した時点で処方箋は患者さんの手を離れ,薬局で調剤済処方箋として保管されます。薬局は2回目・3回目の調剤ごとに処方医に対して情報提供の義務がありますので,患者さんの状況を報告します。
これはとてもややこしい制度だったせいもあり,ほとんど普及しませんでした。筆者の薬局では制度ができて以来一度も受け付けたことがありません。
リフィル処方箋では同等の内容が1枚の処方箋で済むような制度となっています。「30日分の処方をリフィル可(3回)」と記せば上の例と同様の90日分の処方箋となり,「医師の指示による分割調剤」に比べるとハードルは低いと思われます。
ただし,今まででも90日分の処方箋は分割調剤指定でなくても発行されていましたので,患者さんのメリットを考えた場合,服薬によって良くコントロールできている場合に,イギリスのように半年〜1年分の処方ができるようになることが国の目標ではないでしょうか。
■不妊治療の保険適応と緊急避妊薬
薬の話題とは異なりますが,この4月から不妊治療が保険適用されました。
1回あたり数万円の費用がかかっていた人工授精はもちろん,1回あたり数十万円かかっていた高度不妊治療と言われている採卵・採精や体外受精・顕微授精にも健康保険が適用されることになりました。少子化問題が話題になるようになってからどれほどの年月が経っているのか,国が何を目指しているのかはっきりしていれば,とっくに実現していなければならなかった制度です。
緊急避妊薬に関しても同じことが言えます。望まれている妊娠を後押しせず,望まない妊娠を半ば放置して中絶手術のリスクを負わせるなど,どう考えても不合理なことです。今回,望まれている妊娠の後押しを決めたのなら,望まない妊娠を減らすための合理的な判断を求めたいと思います。
本書第31版のこの項で,「スイッチOTCにならなかったノルレボ錠」について書きました。性交後72時間以内に内服すれば80%以上避妊が可能な薬品で,英米独仏を含む世界70カ国以上でOTCとして販売されています。2018年に「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」で否決された経緯について書いたのですが,2022年3月10日に再度,評価検討会議の検討議題となっていました。
それに先立つ2月4日に「アフターピル(緊急避妊薬)を必要とするすべての女性に届けたい」と14万1,830人のネット署名を集めた「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト」が厚生労働大臣に要望書を提出しています。しかし,結果は議論の先送りとなり,この4年間何もしていないことを改めて示しました。
この間,厚生労働省がしたことは「緊急避妊を希望する方が医療機関を選択する際の参考となるよう,緊急避妊にかかる対面診療が可能な産婦人科医療機関等の一覧を作成」しただけです。一体何を考えているのでしょう?
■マイナカードによる顔認証システムと医療保険
2021年,一部の病医院や薬局でオンライン資格確認が始まりました。オンライン資格確認とは,マイナンバーカード(マイナカード)のICチップまたは健康保険証の記号番号等により,オンラインで資格情報の確認ができることをいいます。
患者さんのメリットは,マイナカードと健康保険証の紐づけをすると,顔認証システムが設置してある病医院・薬局ではマイナカードがあれば健康保険証を持参する必要がなくなり,マイナポータルで自分の特定健診結果や薬剤情報を確認することができることです。
筆者の薬局としては,顔認証はともかくとしてオンラインで資格確認ができるこのシステムのおかげで,保険が変更になった場合や負担割合が変更になった場合の人為的ミスが減り,便益を受けていますし,患者さんの了解があれば特定健診結果や過去の薬剤情報を確認でき,お薬手帳を持参されなかった方のリスク管理にも利用できます。
ただ,マイナカードが多くの情報と紐づけられ情報が1カ所にまとまった場合の情報漏洩のリスクのことを考えてしまうのは,過去にネット通販を利用したサイトからクレジットカードの情報が漏洩した経験があるせいでしょうか。
■いまだに落ち着かない医薬品の流通問題
2020年の小林化工に端を発した医薬品流通の不具合が,4年目に入った今になっても解決に至っていません。薬局の現場にいると,改善の兆しすら見えず,逆に混迷の度合いが増しているようにさえ感じられる今日この頃です。「出荷調整中」という言葉で注文を入れても入荷しない状態が長く続き,ようやく入荷して「やれやれ正常化したか」と思っても,卸業者からは「次の入荷は未定です。入荷次第お届けします」との連絡です。
新型コロナウイルス感染症の流行に伴って,カゼの諸症状の対症療法に用いる解熱鎮痛薬,咳止め,去痰薬などのほか,カゼの初期症状に用いられる漢方薬が全国的に不足する事態になったのは,イレギュラーな状況が重なったため仕方ない面もありますが,丸3年経過しても改善されないのは一体どうしたことでしょう。
朝日新聞デジタル版に5月15〜19日まで,「ジェネリック危機」と題した5回連載の記事が載りました。その中に次のような記載がありました。
「『後発品の使用促進を進めてきたのは政府です。それが拙速ではなかったか,我々も真正面から受け止めないといけない』3月17日にあった医薬品供給に関する会議で,厚生労働省の安藤公一課長は関係者を前に言った。」
3月のこの発言は,この記事で初めて知ったのですが,5月20・21日に開かれた日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会学術集会でも,安藤公一氏は同様の講演を行っています。20年以上にわたって「飴と鞭」を使い,後発医薬品の使用割合(数量ベース)を80%にまで引き上げてきて,この発言か,と薬局仲間は皆唖然としたものです。
そして残念ながら,この供給不足問題の解決にはまだ数年はかかるであろうことだけは確かで,薬局の現場では調達のための労力が今後も減らず,薬剤の変更を余儀なくされる患者さんへの説明に追われる日々が続くことになります。
薬剤師の役目として,薬剤師法の第一条に「薬剤師は,調剤,医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」という条文があります。ですから,薬品の調達にあたふたするのも薬剤師の役目ということなのでしょうか。
流通が流通の役目をきちんと果たしていれば,薬局で欠品が生じた場合は在庫管理が悪いわけで,管理薬剤師の怠慢といわれても仕方ありませんが,注文しても入荷せず欠品となる状況で,現場の薬剤師にその責を負わせるのは本質とずれた話です。
■保険薬価(健康保険での薬の値段)の改定について
従来は2年ごとに行われてきた保険薬価の改定が毎年実施されるようになり,今年も4月から新薬価となっています。例年,ほぼすべての薬品の価格が下げられていたのですが,今回は値上がりした薬品も少なくありませんでした。
薬価収載されている医薬品は約1万9千品目ありますが,1,100品目の医薬品で薬価が引き上げられました(残り約1万8千品目のうち半数は据え置き,半数が引き下げです)。これは「不採算品再算定」といって,保険医療上の必要性が高いものであると認められる医薬品であって,薬価が著しく低額であるため製造販売業者が製造販売を継続することが困難であるものについては,原価計算方式によって算定される額に改定するものです。
実際問題,1錠10円を下回る薬品も数多くあります。昨今では子どもの駄菓子でも10円で買えるものなど滅多にありません。
「先発医薬品を後発医薬品に変更すると薬代が半分になります」といった表現は,ジェネリック医薬品に変更を促すために使用されてきた言葉です。確かにその薬(先発医薬品)の特許が切れて初めて後発医薬品が発売される時点では,その言葉に偽りはありません。しかし,後発医薬品が発売されると当該の先発医薬品も薬価改定のたびに価格が引き下げられます。中には,ついに後発医薬品と同じ値段になってしまった先発医薬品もあります。
レバミピド(先発品商品名:ムコスタ)という胃炎・胃潰瘍治療薬があります。1990年に販売開始されたムコスタ錠100mgの薬価は,筆者の手元にある最も古い本書2002年版では1錠28.6円とあります。
後発医薬品の販売が開始された2009年のデータが反映された2011年版ではムコスタ錠19.3円,後発医薬品のレバミピドはメーカーにより異なり11.7〜14.2円となっています。その後も薬価改定の度に薬価は下がり,2018年版ではムコスタ12.9円,レバミピド(各社とも)9.9円,2020年版ではムコスタ11.8円,レバミピド(各社)は少々上がって10.1円となり,2022年版ではついにムコスタが10.1円とレバミピド(各社)と同じになり,先発品後発品の値段の差がなくなってしまいました。
このようなケースは,今の薬価改定の方式が変わらない限り今後も出てきます。医療保険の計算の仕方として,同じ用法で使われる薬品は1日の薬価としてまとめ,その数字かける日数分として計算します。結果として同じ価格にならなくても価格差が小さい場合,例えば1日1回1錠のケースである薬品のみが処方された場合,薬価24円の先発品と16円の後発品はどちらも1日薬価20円として計算しますので,計算上は価格差なしとなります。このような場合では,ジェネリック医薬品を推奨する意味があるとは思えません。
原材料あるいは製品そのものを輸入に頼っている薬品については,昨今の円安の影響もあり大幅に値上げされたものもあります。ハイゼントラ皮下注という低ガンマグロブリン血症などに使用される注射薬があります。4g/20mL 1筒の製品の薬価は改定前は30,035円でしたが,改定後は40,603円となりました。
■自由診療(自費医療)の世界で
「リベルサス錠」という糖尿病治療薬があります。GLP-1受容体作動薬(内服薬11-01-08参照)に分類される薬品で,一般名はセマグルチドといいます。GLP-1受容体作動薬は,注射薬(自己注射)としては2010年に「ビクトーザ皮下注」が販売開始されて以降,数種類の薬剤が存在します。「リベルサス錠」はGLP-1受容体作動薬としては初めての経口製剤で,2021年に販売開始された新しい薬です。副作用として食欲減退があり,その結果として体重減少が多くの人に現れます。
実際,注射薬のセマグルチドは糖尿病治療薬としては「オゼンピック皮下注」の名称で2020年より使用されてきましたが,肥満症治療薬として「ウゴービ皮下注」の名称で2023年3月に承認されました。
「リベルサス錠」はセマグルチドの経口製剤ですので肥満症に効果があることは理解できますが,現時点では医薬品の効能としては「2型糖尿病」が承認されているだけです。当然,保険診療では肥満症治療薬として使用することはできません。
最近インターネットでダイエットを検索すると,このリベルサス錠が表示されることがあります。「オンライン診療」「月額いくら」「定期配送」などの言葉が並びます。自由診療(保険外の自費医療)であれば医師は何を行ってもよいのか。確かに美容整形やED治療,歯科のインプラント治療と同様であろうとは想像できるのですが,モヤモヤした気持ちになります。
ダイエットといえば,漢方薬に防風通聖散という製剤があります。「代謝を上げて余分な脂肪を燃やす」などとテレビCMで流れてくる小林製薬の「ナイシトール」やクラシエの「コッコアポEX」は,この防風通聖散です。防風通聖散は保険診療でも使用できる製品があり,実際,多く処方されています。
市販薬(OTC薬)で対応できることに保険医療を用いることをいつまでも続けることは医療資源の無駄遣いだと以前から指摘されていることですが,今もってそこに目をつぶっているのが現状です。美容目的で使用されるヒルドイドローションなども同様で,どちらも今現在,保険診療では出荷調整中で本当に必要な人に届かないケースも出てきています。
以前,湿布薬の処方数量制限がなかった時におばあさんが(孫のために)何十袋もリュックに詰めて持ち帰る,といったシュールな光景が薬局店頭ではあったのですが,現在では保険診療で1回に処方できる枚数が制限され,63枚が上限となっています。
■倫理的にどうなのか—薬局と医薬品提供者の関係
この5月16日,大手製薬メーカー第一三共の子会社である第一三共エスファが,大手薬局チェーンの一つであるクオールに株式譲渡されるという発表がなされました。
経済活動として,法律的には問題ない取引でしょうが,医療の観点からすれば,病医院と薬局のそれぞれが経済的には独立して,お互いが依存しない状態であることが求められるのと同様に,薬局と医薬品提供者(製薬会社,医薬品卸)の間もそのような緊張状態があることが求められるのではないかと考えます。
以前から医薬品卸業者が関連会社として薬局を経営することはありました。そのようなことにもモヤモヤ感がしていましたが,製薬会社と薬局が一体化した場合では,大手小売業のプライベートブランドのようなもの,とも言えるかもしれません。これを公共財と言える薬価収載医薬品での私物化と言ったら言い過ぎでしょうか。
■既存薬応用の最近の報告
この5月8日に新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行されました。変異により重症化リスクは減っているとはいえ,年配の者にとって脅威であることに変わりはありません。
そんな中,既存薬での治療の試みは様々行われ,大村智博士にノーベル賞受賞をもたらしたイベルメクチンもその一つでした。結局は,重症化予防効果も副作用低減効果もないことが証明されたのですが,同時にフルボキサミン,メトホルミンが治験の対象として研究されました。
重症化予防効果についてはどちらも否定されましたが,後遺症の発症については,コロナ発症3日以内にメトホルミン服用を開始した場合,後遺症の発症を約41%抑えたことが報告されました。
こういった報告に接すると,地道に愚直に研究を続ける医学者・薬学者に敬意を表したくなります。